ふわふわ
三越で舶来洋服フェアをやっていると聞いて、かえではレニとアイリスを連れて買い物に出かけた。
大漁大漁とニコニコ顔でかえでが帰ってくると、大神を見つけて声をかけた。
「大神君も明日三越に行ってらっしゃいな。いつもモギリ服ばかりじゃなくて、たまにはお洒落したら?」
「アイリスもお兄ちゃんが違う服着てるとこ見たいな〜」
アイリスもかえでに同意すると、すかさずレニに「レニも見たいよね?」と声をかけた。
「・・・そうだね」
少し遠慮がちにではあるが、レニも大神を見ると口を開いた。
そのレニの言葉で、大神は明日三越に出かけることに決めた。
翌日、大神は三越で舶来の洋服を買って帰ると、早速部屋でそれを合わせてみることにした。
何着か買った中で大神が1番気に入ったのは、クリーム色のタートルネックセーターと濃紺のGパンの組み合わせだった。
とてもシンプルな組み合わせだが、飾らない大神には良く似合っていた。
この時代、セーターやGパンは珍しいが、演習航海等で海外に行くこともあった大神には、さほど抵抗はなかった。
むしろ、大神はそれを、とても自然に着こなしていた。
姿見の中の自分を見て、見慣れない自分の服装に少し照れながらも、割と気に入ってもいるので、自然と笑みがこぼれた。
すると、昨日レニの言った『・・・そうだね』という言葉が頭をよぎる。
レニに見せに行こう、か。
そう思うと、大神は買い物袋もそのままに、部屋を出て行った。
レニの部屋をノックするが、返事はなかった。
「どこ行ったんだろう?」
誰もいない部屋の前で、大神が呟くと、後ろから声がかかった。
「あら、隊長。どうしたんですか?」
レニの部屋の向かい側に位置するマリアの部屋から、部屋の主が顔を出した。
「やあ、マリア。レニを探してるんだ」
そのマリアに向き直ると、大神が素直にそう答える。
「あら、隊長。その格好・・・」
と、マリアは大神の言葉よりも、その姿を見て口を開いた。
「え?ああ、さっき三越で買ってきたんだ」
それに、少し照れながら大神が言った。
「そ、そうですか・・・。三越ですか・・・」
と、マリアが何か考え込むようなそぶりを見せる。
「ん?マリア、どうしたんだい?」
そのマリアを見て、大神が首を傾げた。
「え、あ、いえ。何でもありません」
そう言ってマリアが笑顔を作って見せると、続いて口を開く。
「あ、レニでしたね。そう言えば、さっきアイリスが呼びに来て出て行ったみたいですよ」
「ありがとう、マリア。探してみるよ」
それに大神が笑顔で言うと、すぐにレニを探しに行こうとマリアに背を向けた。
「あ、隊長」
と、大神のその背中に声がかかった。
「その服、良く似合っていますよ」
振り向いた大神にマリアが笑顔でそう言うと、
「ありがとう」
大神がそれに、また照れ笑いを見せてそう言った。
レニの部屋を後にし、1階に降りようと階段に向かうと、その横、書庫から紅蘭が現れた。
「やあ、紅蘭。何か調べ物かい?」
大神が紅蘭を見つけて声をかける。
「あ、大神は・・・」
言いかけて紅蘭がその口を開けたままにその場で固まってしまった。
「紅蘭?どうしたんだい?」
その紅蘭を不思議に思って、大神が聞く。
「え、あ、いや。何でもあらへんで。はは、ははは」
大神の言葉で我に返った紅蘭が、言うと引きつった笑いを見せた。
その態度を大神が怪訝に思い、それについて尋ねようとすると、
「で、これからデートやの?」
と、紅蘭が唐突に言った。
「いいっ!」
その紅蘭のセリフに思わず大神が声を上げる。
「ど、どうして?」
そして、どもりながらそう尋ねた。
「あれ、違ったんかいな。いや、そないな格好珍しいよってに、レニと出かけるんかと思っただけですわ。気にせんといて下さい」
言いつつも紅蘭はどこか疑っているような表情をみせる。
「あ、でもレニを探してはいるんだ。見なかったかい?」
そんな紅蘭を気にしながらも、レニの話題が出たついでに、大神はそう切り出した。
「レニ?さっきアイリスと一緒に1階に下りて行ったみたいやけど、どこ行ったかまでは知らへんなぁ」
「そうかい。ありがとう、紅蘭。探してみるよ」
「ほなウチ部屋に戻りますよってに」
そこで紅蘭がそう言う。
「ああ」
紅蘭に大神がそう返すと、歩き出した廊下の途中で、不意に紅蘭が振り向いた。
「あ、そうそう大神はん。その格好、よう似おうてるで」
その言葉に大神が喜び、礼を言おうと口を開いたが、はたと目に映った紅蘭の怪しい笑いに、出掛かった言葉を飲み込んでしまった。
紅蘭の表情は、どこか含みのある笑顔で、ニヤニヤとしていた。メガネもきらりと光る。
「あ、ありがとう」
と、大神がそんな紅蘭に、一瞬躊躇してから礼を返した。
「ほな」
そして紅蘭はそう言うと、さっさと自分の部屋へ戻って行ってしまった。
その紅蘭の後姿を見ながら、大神は紅蘭の態度に首を傾げていた。