中庭に大神と、騒ぎを聞きつけて花組の皆も集まっていた。
「ジゼルの赤ちゃんが生まれるの?」とアイリスが目を丸くして言う。
「いよいよやね」と紅蘭も目を輝かせた。
「でも、大丈夫ですの?お医者様を呼ばなくて・・・」すみれは少し不安げにそう言う。
「大丈夫。母さんも俺も、ウチでは牛達の子供を良く取り上げていたんだから」それに大神がそう返した。
「でも・・・」今度はレニが心配そうな顔で言い、フントも不安げに「くぅ〜ん」と声を上げた。
「大丈夫よ、レニさん。でも、出来たら誰か1人手伝ってくれないかしら?」と大神の母親が言う。
「わたしはダメで〜す」真っ先に織姫が言う。
「あ、あたしもちょっと・・・」さくらも逃げ腰の様子だ。
 すみれもマリアも首を横に振り、アイリスも怖がって手を出しそうになかった。
 カンナと紅蘭がそれならと名乗りを上げようとした時、レニが口を開いた。
「ボクが」
「レニ。お腹の子に障るかもしれないから、レニは見てるんだ」すかさず大神がそれに返す。
「じゃあ、お願いね」だが、母親の方は構わずにそう言った。
「はい!」レニが元気良く返事をし、母親の隣りにしゃがむ。
「母さん!」と大神が母親に非難の声を上げるが、母は一言「大丈夫よ」と言って笑った。
 ジゼルはブルブルと体を震わせている。陣痛が強くなり始めているのだろう。
 お腹の動きが活発になる。と思うと、ついに破水した。
「出るわよ」と言う母親の言葉にレニは息を飲む。
「カンナさん、お湯を沸かしてくれない?他の方はタオルをお願いします」じっと事の成り行きを見守っている花組に大神の母が声をかける。
「よっしゃー、まかせてくれ」カンナが元気良くそれに頷き、他の皆もばたばたと動き始めた。
 フントは黙ってジゼルの様子を見守っている。
 大神はふと、その姿に自分の姿を重ね、レニの出産の時は自分も待つ事しか出来ないのかなと思い、苦笑いを見せた。
 大神のそんな思いをよそに、レニはジゼルのお腹からついに顔を出した子犬の姿に心奪われていた。
 レニが初めて目にする命の誕生の瞬間である。
 言葉はなかった。ただ、その生命力の強さを感じていた。
 やがて頭が完全に出たところで、大神の母親がそれを引っ張り出した。
 子犬を完全に取り上げると、花組が用意してくれたタオルで包み、ゴシゴシと羊水を拭き取る。
 すると子犬が「キュ」と声を上げる。
 それを聞くと安心したように大神の母親は笑顔を見せ、カンナが用意してくれたタライのお湯に子犬を入れ綺麗に洗ってやった。
「次の子はお願いできる?」と終始自分のやることを見ていたレニに、不意に母親が声をかけた。
「え」と最初は戸惑ったレニも、すぐに「はい」と返事をした。
 今度は大神も何も言わず、レニの好きなようにさせる。
 ただ黙ってレニに頷くと、レニも大神の顔を見て頷いてみせた。
 すぐに2匹目の子犬が頭を出し始めた。
 ジゼルが力むと、やがて産道から顔が完全に見える。
「さ」と母親がレニに声をかけると、それを合図にレニが子犬を引っ張り出した。
 そしてタオルで子犬を包むと、ゴシゴシと拭いてやる。
 少々おっかなびっくりではあるが、何とかレニも子犬を取り出す事が出来た。
 大神の母親がそれを見てホッとしたかと思うと、その子犬が鳴いていないことに気付く。
 ジゼルの体から外に出る時のショックで子犬の意識が飛んでいるのだ。そのままにしておくと意識を失ったまま、最悪の場合死んでしまう事もあるので、すぐに意識を取り戻してやらなければならない。
 大神の母親が意識を取り戻させる為、レニからその子犬を取り上げようとした時、レニがその子犬の体を強く叩き始めた。
「起きて!目を覚まして!」そう言いながら、子犬の体を叩く。
「レニさん」思わず大神の母親がそう声を上げるが、すぐにレニと一緒になって、子犬に声をかけ始めた。
 周りで見ている花組も息を飲んで見守っていたが、この時ばかりは皆声を上げ、口々に子犬に声をかける。
「キュゥ」とやがて気が付いた子犬がか細い声を上げた。
「はっ」とレニがその声に息を飲むと、小さいがはっきりと子犬が鳴き始めた。
「良かったぁ」レニがそうもらすと同時に、レニの目から涙がこぼれる。
「さあさ、まだ終わりじゃないわよ」それを見て大神の母がそう声をかけると、涙を拭ってレニは元気良く「はい」と返事をした。
 その後は順調で、結局、子犬は全部で4匹生まれた。
 その日は興奮して、レニは遅くまで眠れなかった。

 次の日の朝。朝食を食べ終えると、大神の母親が帰ると言い出した。
「もう、用事はすみましたから」と米田に挨拶すると、米田は一瞬いぶかしげな顔を見せたが、すぐにその言葉の意味を悟り、「そうですか」と笑顔を返した。
 レニと大神は、東京駅まで母親の見送りに来ていた。
「もっとゆっくりしていけば良いのに」大神が母親に言う。
「なぁに一郎。寂しいの?」それに母親がそう返すと、
「な、何言ってるんだよ!」と大神が顔を赤くした。
 それがおかしくてレニがくすくすと笑うと、母親も一緒になって笑った。
「お母さん。ボク、お母さんみたいな母親になりたい」と急にレニが真面目な顔で母親に言った。
「あら、私みたいな母親で良いの?」と母親がそれに笑いながら言う。
「はい」それにまたレニが頷くと、2人はまた一緒になって笑った。
 やがて汽車がホームに到着すると、母親がそれに乗り込む。
「ありがとうございました」レニが言うと同時にドアが閉まり、汽車は動き出した。
「元気な子を産むのよ」ドアが閉まる瞬間に母親はそうレニに笑った。
 遠ざかって行く汽車を見つめながら、レニは「はい」と呟いていた。
「あ!」駅のホームから立ち去ろうとした時、急にレニが声を上げた。
「レニ、どうしたんだい?」大神が何事かとレニに聞く。
「今、赤ちゃんが動いたんだ」するとレニはそう答えた。
「え、どれどれ」言うと大神は人目もはばからず、レニのお腹に顔を近付ける。
「ちょっ、やだ、隊長。恥ずかしいよ」レニがたまらずそう言うが、大神はお構いなしだ。
「もう」と頬を赤く染め、拗ねてみせるレニ。
「ははは」そのレニの顔を見て大神が微笑むと、レニもまた笑った。
 そして、自分のお腹に手を当てると思う。
“元気に産まれて来るんだよ”と。
「さ、帰ろう」大神がレニに声をかけ、レニが「うん」と答えると、2人は手を繋ぎ帝劇に向かって歩き出した。



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