10:23 am  

メトロ車内

「レニ・・・。」

勇気を振り絞って大神はレニに告げた。

「海に行こう。」

「え?でも・・・。」

「いいから!今日は君といたいんだ。」

躊躇するレニの手を強引に掴み、大神は次の駅で下車し、
東京駅への蒸気タクシーを捕まえた。
そうして、数時間後、電車に揺られた二人は
相模湾に面した小さな駅に降り立った。


潮の香りを風が運んできて、海への道はすぐに解かった。
黙って隣を歩くレニの顔をそっと見る。

「レニ、突然こんなことをして、ごめん。」

「いいよ。ボクも本当はこうしたかったんだ。」

そう言って、レニは大神の手を握った。
手を繋いで歩く二人の後ろに初夏の陽射しは1つの影を作った。

松の防砂林越しに海が見えてきた。
人影ない砂浜は、どこまでも続いているようだった。
靴を脱いで、大神は水辺まで駆け出して、その後をレニも追った。

一週間前の台風の影響だろうか、
砂浜には色とりどりの貝が光を反射し瞬いていた。

ズボンの裾を膝上まで捲り、海の中に入っていく大神。

「泳ぎたいなぁ。海軍時代を思い出すよ。」

そう言って振り返ると、
レニはどこからか水着を取り出した。

「そう言うと思って、準備しておいた。」

「え?」

混乱する大神をよそにレニは淡々と自分の水着も取り出した。

「これ・・・。どうかな。」

服の上から自分の体にあてがった水着は
すみれが選んだような斬新なデザインのものだった。

「セ、セクシーだね。とても良いと思うよ。」

「ありがとう、隊長。
 かえでさんが、これを選んでくれたんだ。
 『絶対、これ着れば男なんてイチコロよ。』って。」

か、かえでさん・・・。
感謝半分、何て水着を選ぶのだ、
と大神は思わずにはいられなかった。

「これ、隊長の水着。薔薇組のみんなが、隊長にって。」

手渡された水着は赤。
薔薇の絵柄が大胆に配され、
さらには舞台衣装のようなレースなどが編み込まれている
奇想天外なものだった。

これを履くのか・・・。

「ボク、あの松林の影で着替えてくるから
 絶対、覗いちゃダメだよ。」

レニは水着を持って松林へと消えた。

俺は、どこで着替えればいいんだ。

辺りを見回すと誰もいない。
大神は意を決して、その場で着替える事にした。

着替え終えたその瞬間。

「あら、一郎ちゃん大胆ね。」

心臓が口から飛び出るかと思うほどの驚き。
声の主は、薔薇組だった。

「どこから湧いてきたんですか!」

その問いが答えられる間もなく、
ジャラーンと加山がギター片手に登場してきた。

「いやぁ、大神ィ〜、海はいいなぁ〜。書き割りだけど。」

「いや。本物だから…。何なんだ。一体。」

何が何だか全く分からないまま、新たな人物がまた現われる。
よく日に焼けたいかつい体、いかつい声。

「おう!元気だったか!!!相変わらずしけた顔しやがって。」

「イィィィ、金剛!?」

「隊長どうしたの?そんな大声出して。」

レニが駆け寄ってきた。

「こちらの皆さんは?」

「ボクが呼んだ。あとで木喰も来るって。
 木喰はいっつも遅刻なんだから。」

「あ、レニさん、オレ、お手製のお弁当持ってきたぜ。」

金剛が取り出したのは重箱。
蓋を取ると、美味しそうな出汁巻き卵が規則正しく並んでいた。
                                   
    .