バレンタイン・シード
夜。
「食事が出来たよ」
「ああ」
リーゼが危なっかしい手つきで作ったそれを見て返事を返すと、俺は焚き火の前に座った。
そこに並べられているそれを手にとって口に運ぶ。
「塩辛い」
相変わらずの味付けのそれに、俺はいつも通りの感想を口にした。
古代ゾイド人というのは、どうしてこう塩が好きなのだろうか。
「えー、まだ辛いの。これでもずいぶんと減らしたのに」
不満そうな顔と声のリーゼ。
「毎日こんなものを食わされたんじゃ、体が悪くなる」
俺は思ったことを素直に口に出した。
「ちぇー、なんだい。じゃあ、これからは君が作ればいいじゃないか」
すると、一層不満の色を濃くしてリーゼが声を上げる。
「どうして俺ばかり作らなきゃいけないんだ」
それに、思わず俺も声を荒らげてそう返していた。
デスザウラーとの戦いが終わってから、俺はリーゼと行動を共にするようになっていた。
当然、食事も一緒に取ることになる。
だが、リーゼは料理がまるでダメだった。
常に1人で行動していた俺は困らない程度には料理も出来るが、どこで何を食べていたのか、リーゼは料理というものをしたことがないようだった。
だが、一緒に行動しているのに、俺ばかり毎日料理を作らされるのも不公平な話だ。
俺はリーゼにも料理を作らせることにした。
リーゼは嫌がるでもなく、むしろ嬉しそうに作ってみると言った。
リーゼの料理に街の高級レストランで出るような物なんて望んではいないし、多少味が悪くても食べられる物ならそれで良かった。
だが、出来上がってみればそれはとても俺の口にあう代物じゃなく、ただ塩辛いだけの物体だった。
それでもしばらくは我慢していたが、流石にもう限界だ。
「分かった。明日からはまた俺が作る」
俺はリーゼにそう言い放つと、皿の上に載っている物を口の中に詰め込み、傍らに置いていたコーヒーで強引に流し込んだ。
「!」
が、それを口にした途端、吹き出しそうになる。
そのコーヒーもすでにコーヒーと呼べる代物ではなく、ただの塩辛い液体に変わっていたからだ。
俺は思わず、キッとリーゼを睨みつける。
その視線を受け止めるリーゼの表情が、どこか切なげに見えた。
夜中。
ふと目を覚ますと、横にいたはずのリーゼの姿がないことに気がついた。
硬い地面から体を起こすと、きょろきょろと辺りを見回す。
「リーゼ?」
どこに行ったのかと思い呟くと、それに答えるように「グオン」という声が聞こえてきた。
見ると、傍らにシャドーとスペキュラーが仲良く寄り添って横たわっている。どうやら寝言での返事だったらしい。
一瞬、俺に愛想をつかして姿をくらませたかとも思ったが、スペキュラーを置いて出て行くはずはない。どこかその辺りにいるんだろう。
「ち、仕方がない」
放っておこうとも思ったが、夕食の時のこともあり、多少気になったのでリーゼを探すことにした。
少し探すとリーゼは簡単に見つかった。
見るとリーゼは地面にしゃがみこみ何かしているようだった。俺からは後姿で何をしているのかは分からなかった。
「何をしているんだ?」
唐突に背後からかかる声に、リーゼはビクッと肩を震わせた。
「レイヴン」
立ち上がり振り返ると、リーゼが口を開く。
「な、何でもない……」
言いつつ手を後ろに回す。
「何を持っているんだ?」
その手の動きを不審に思い聞く。
「何でもない。君には関係ないだろ」
目をそらし膨れ面でリーゼ。
その態度が、あからさまに何でもなくはないと言っていた。
「いいから見せろ」
俺はリーゼに近づくと、後ろに回している腕を強引に掴んだ。
「い、痛い」
今度はしかめっ面で俺を睨んで言うが関係ない。
腕を掴んで前に引っ張り出すと、しっかりと何かを握っているのが分かった。
俺は腕を掴んでいるのとは反対の手で、その手を無理矢理開く。
「痛いよ……」
頑固に握り締めている手の平を強引に開かせると、そこに握られていたものが姿を見せた。
「種?」
そこに現れた想像もしていなかったものを見て、俺は思わずそう漏らす。
リーゼが握っていたのは何かの種。それが数粒だった。
「そうだよ。種だよ」
開き直ったような口調でリーゼがそれを認める。
「何だこれは? これをどうするんだ?」
当然の疑問だろう。俺はそれをリーゼに聞いた。
「埋めるんだ。もう僕には必要のないものだからね」
俺をキッと睨みつけて、リーゼは言い放った。
リーゼが言うには、その種はゾイドイヴを探してレアヘルツの谷へ向かう途中、水を補給するために立ち寄った村で、その村の子供達に貰ったものだそうだ。
その村でのことは俺も覚えていた。
去り際にリーゼが女の子2人と話していたが、何を話していたかなど興味はなく、わざわざ聞かなかった。
その時女の子2人に、水と一緒にその種を貰ったのだそうだ。
その村ではその種を潰して調味料に使ったり、そのまま炒めて食べたりもするのだと言う。
だが、料理がまるでダメなリーゼにはそれも宝の持ち腐れで、それをどう料理していいか分からず、結局使えずじまいだったらしい。
いつか料理が上手になって、その種を料理出来るようになるまで、ずっとしまっておくつもりだったそうだ。
が、今日のことがあり、もう料理をすることもない、持っている必要がなくなったと、ここに埋めるところだったとリーゼは締めくくった。
俺は思わず溜息を漏らした。
「貸せ。俺が料理してやる」
そして、言うと手を伸ばす。
「だめだ!」
するとリーゼが大きな声を上げて、再び強く種を握り締めた。
握っている手をもう片方の手で包み、胸元で抱える。
「なぜだ。お前に料理出来ないのなら俺がすればいいだろう?」
俺は怪訝に思い聞く。
「こ、これは……僕が料理しなくちゃ、意味がないんだ……」
それに、今度は少しうつむき加減で小さくそう言った。
「何? どういうことだ?」
その言葉の意味が分からず、俺はまた聞く。
「そ、それは……」
口篭るリーゼ。
「それは、何だ?」
そのリーゼを睨む。
「それは、その……。女の仕事だから……」
すると、言いにくそうに、リーゼは上目使いで俺に視線を合わせた。
「女の仕事?」
俺は眉をひそめた。
「この種をくれた、あの村の女の子達が言っていたんだ」
そこで、リーゼは一旦言葉を切った。
その表情には戸惑い、のようなものが見て取れた。
そして、ふっと一息吸い込むと、再び話し始める。
「あの村では……女はこの種を使った料理を、大切な人にだけ食べさせる……って」
リーゼの声はだんだん小さくなっていき、最後の方は聞き取れないほどだった。
だが、リーゼの言葉はしっかりと、全て俺の耳に届いていた。
「大切……」
俺は思わずその言葉を声に出した。
その意味が分からないほど俺は子供ではない。
つまり、あの村ではその種を使った料理は、女が特別な感情を持っている男にだけ作るもの、ということだ。
あの村の女の子達には、俺達がそういう関係に見えたということか。
「ちっ」
「何だよ!」
舌打ちした俺に、リーゼがむっとした顔を見せる。
「それなら早くそう言えばいいだろう」
その顔に向かって、俺もむっとして言った。
「そ、そんなこと言える訳ないじゃないか」
顔を赤くしてリーゼが言う。
怒りで赤くなったのかどうかなど、俺には分からない。
「……捨てるな」
その顔を見つめ、俺は口を開いた。
「え?」
聞きとがめたのか、リーゼが聞く。
「種。捨てるんじゃない」
今度ははっきりとそう言ってやる。
「え?」
また同じセリフを繰り返す。
「作りたいんだろう?」
「でも、これからは料理は君が作るって……」
少し戸惑ったようにリーゼが返した。
「教えてやる」
不安げな表情のリーゼに俺はそう言っていた。
「教えてやるからお前が作れ」
俺は無意識に微笑んでいたかもしれない。
「うん!」
リーゼも満面の笑みでそう頷いていた。
翌朝。
リーゼに教えながら朝食の準備を始めた。
「種はどうするのさ?」
俺の横で危なっかしい手つきでナイフを使うリーゼが、手元からは目を離さずに聞いてきた。
「あの種はまだ使わない」
「えー、教えてくれるって言ったじゃないか」
リーゼがそう言って、ナイフを振りかざして俺に向き直るから、危なく俺が料理されそうになる。
「あの種はお前がもっと料理が上手になるまで使わない」
「ちぇー、けちー」
リーゼは俺の答えに膨れ面を見せた。
「だったら早く上手になるんだな」
折角の料理だ。今のリーゼに作らせて、塩の味しかしない料理の材料になどするつもりはなかった。
「はいはい」
リーゼは返事を返すと、ナイフを置き、切っていた芋を鍋に入れる。
「芋、入れた」
全部入れ終わるとリーゼが言った。
「次は塩を少し入れるんだ。少しだけだぞ」
俺は最後の部分を強調してリーゼに言う。
それを聞くとリーゼは無言で頷き、塩の入ったビンを手に取った。
シャー。
リーゼはいきなりそのビンを逆さまにして、塩を大量に鍋に降り注いだ。
「おい! そんなに入れるんじゃない!」
思わず俺は叫ぶ。
「えー、まだ多いのー!?」
それにリーゼは、本当に驚いた顔で叫んだ。
リーゼにとっては今のが少しだったらしい。
「ふぅ」
俺は溜息をつかずにはいられなかった。
やれやれ。あの種を使った料理を食べるのは、当分先のことになりそうだ。
俺はそう思ったが、不思議と前のように腹は立たなかった。
しばらくは、また塩の味しかしない料理を食べることになりそうだとしても―――。
挿絵:西川 佑様