子守歌



   あれから1年。
 大陸ではこの日を祝い、帝国、共和国共に、国を上げてのお祭り騒ぎだ。
 ガイロス帝国首都ガイガロスでは、記念式典が行なわれ、帝国軍によるパレードが市街を賑わせていた。
 地方から観光に訪れる者も少なくなく、レイヴンとリーゼもその人ごみに紛れて、久しぶりにガイガロスの地に足を踏み入れていた。

 大通りに面したそのジャンクフード店には、店外にもテーブル席が用意してあり、パレードを観ながら食事を楽しむ者や酒を飲む者で賑わっていた。
 リーゼはレイヴンに注文を任せると、自分は2人分の席を確保するために、キョロキョロと首を動かし、空席を探していた。
「ちぇ〜、空いてないや〜」
 リーゼが舌打ちして、そう独り言を呟いた時だった。
「良かったら、一緒に座らないかい?」
 リーゼにそう声をかける者がいた。
「え?」
 その声にリーゼが振り向くと、そこに見覚えのある顔を見つける。
「シュバルツ!」
 その帝国軍大佐の顔を認めると、リーゼは思わずそう声を上げ、反射的に身構えた。
「ふふっ、そう構えないでくれ」
 カール・リヒテン・シュバルツは言うと、屈託のない笑顔でリーゼを見つめる。
「無理にとは言わないが、他に空いている席もないことだし、相席で良ければと思ったんだが……」
「…………」
 リーゼはシュバルツの顔を見つめると、しばらく間を空けてから口を開く。
「そんなこと言って、僕を捕まえようってんじゃないだろうねぇ?」
 相手に弱みを見せない、いつもの余裕の笑みを持ってそう返した。
「ははは。今日は休日だし、ガーディアンフォースでもない私が君を捕らえる理由などどこにもないさ」
 それにシュバルツが微笑する。
「妙なことしたら、また意識を乗っ取るからね」
 冗談とも取れない口調でリーゼ。表情は変えない。
「今のリーゼになら、操られるのも悪くはない」
 それにシュバルツがそんなことを言う。
「それ、口説いてるつもり?」
「口説かれてくれるのかい?」
「お生憎様。僕には連れがいるんでね」
「それは残念」
 そこで、リーゼはその連れがキョロキョロと自分を探しているのに気がつく。
「レイヴーン!」
 大きく手を振って、リーゼがレイヴンの名を呼ぶ。
 それでレイヴンがリーゼに気がつくと、自分とリーゼの分のジャンクフードとドリンクを載せたトレーを持って、リーゼの方に歩み寄ってきた。
「あまり大きな声で名前を呼ぶな。俺達がお尋ね者だってことを忘れたのか?」
 リーゼの側まで来ると、レイヴンがしかめ面で言った。
「ごめん、ごめん」
 本当に分かっているのか、軽く謝罪の言葉をリーゼが言うと、レイヴンはまったくという感じで、トレーをテーブルに置く。
「やあ、レイヴン。久しぶりだね」
 トレーを置くと同時に、シュバルツと目が合った。
「シュバルツ!」
 レイヴンは思わずそう声を上げ、反射的に身構える。
「あはははは」
 だが、当のシュバルツは、そのレイヴンを見て声を出して笑った。
「何がおかしい!?」
 やや声を荒らげ、レイヴンがシュバルツに訊くと、
「いや、失敬。リーゼと同じリアクションをするものだから、ついおかしくてね」
「何?」
 どう言うことだと、レイヴンがリーゼの顔を見ると、リーゼが舌をペロッと出して見せる。
「さ、座りたまえ。食事が冷めてしまうよ」
 そのレイヴンに構うことなく、マイペースにシュバルツは声をかける。
 それにリーゼがすんなり席に着くから、レイヴンも訳が分からないままに、リーゼの隣に腰をおろした。

 たわいもない話をしながら食事を進めた。
 レイヴンもリーゼも最初はシュバルツを警戒していたが、2人一緒なら何があろうと対処出来る自信があったし、シュバルツが姑息な男でないことは2人とも良く知っていた。
 何よりシュバルツ自身自分達との会話を楽しんでいるように感じられ、どこか穏やかな空気が流れていた。
「大佐はパレードには参加しないのかい?」
 丁度、大通りを行進するゾイド部隊が目に入り、リーゼがシュバルツに訊ねた。
「私は賑やかなのは苦手でね」
 それにシュバルツが苦笑いを見せると、
「へ〜、意外だねぇ」
 と、リーゼが本当に意外そうな顔を見せた。
「そんなに意外かい?」
 と、シュバルツ。
「ああ、派手に遊んでそうだからさ。なぁ、レイヴン?」
 そうリーゼは言うと、レイヴンに同意を求める。
「あ、ああ。そうだな」
 不意に話をふられて戸惑ったが、レイヴンもそう答えた。
「レイヴンまで……。これは、心外だな」
 それにシュバルツはそう言うが、言葉とは裏腹に楽しそうな笑みを浮かべていた。
 そんな空気の中、その歌声は聞こえてきた。
 それは隣のテーブルからで、街の喧騒にかき消されそうなほどの小さな声だったが、隣のテーブルに座るリーゼ達の耳にはかろうじて届いていた。
 見ると、母親らしき女性が、まだ小さな赤ん坊を抱いているのが分かる。
 母親が腕の中でぐずついている赤ん坊をあやすために、体を揺すりその歌を口ずさんでいた。
「子守歌か」
 それを見て、シュバルツが誰に言うでもなくそう呟いた。
 リーゼは、何故かその親子を食い入るように見つめていた。
 レイヴンはそのリーゼの様子に気がついたが、それには何も言わず、変わりに、
「そろそろ行こう」
 と、声をかけた。
「あ、ああ」
 その言葉にリーゼが返事を返すと、2人は立ち上がった。
「また、一緒に食事をしよう」
 シュバルツが2人にそう声をかける。
「機会があればね」
 それにリーゼがそう返し、レイヴンは何も言わずただシュバルツを見つめた。
 目で挨拶を交わすと、背を向ける。
 そして、リーゼとレイヴンが立ち去るのを、シュバルツは相変わらず微笑んだまま見送った。
「兄さん」
 と、入れ替わりでシュバルツに声をかける者がいた。
「トーマ」
 不意に現れた弟の名をシュバルツが呼ぶ。
「こんなところにいたんですか。たまの休日なのですから、一緒に食事でもと思っていたのに」
 兄の前に並んだ空いた皿を見て、すでに食事が終わったことを知り、残念そうな顔をする。
「すまん、すまん」
 それにシュバルツがそう言うと、トーマが空いた皿が3人分あることに気がついた。
「どなたかとご一緒だったんですか?」
「ああ。昔の、戦友とね」
 そしてまた微笑む。
「兄さんの戦友ですか。それは是非僕もお会いしたかったです」
 尊敬する兄が友と言う人物に、トーマが目を輝かせる。
「ああ、そうだな。お前にもいつか会わせたいと思う」
「はい!」
 シュバルツのその言葉に、トーマが嬉しそうに返事を返す。
 それにまたシュバルツは微笑んで、ふと隣のテーブルを見やると、いつのまにか、赤ん坊は母親の胸ですやすやと寝息を立てていた。

 リーゼは黙りこくっていた。
「どうしたんだ?」
 先ほどからふさぎこんでいるリーゼを気にして、レイヴンが声をかける。
「レイヴン……。今日が何の日だか知ってるかい?」
 唐突にそんなことを言う。
「今日は、ブレードライガーの英雄がデスザウラーを倒して平和を取り戻した日、だろう?」
 自分の言葉ではなく、どこかで聞いたキャッチコピーのようなフレーズをレイヴンが口にした。
「そうだね……。でも、ヒルツが死んだ日でもあるんだ……」
 リーゼのその言葉で、レイヴンもそのことを思い出す。
「…………」
 レイヴンは言葉が見つからず、それを探していると、
「ひとつ我侭を聞いてくれないか?」
 それよりも先に、リーゼが口を開いた。
「ああ。……お前の我侭は今に始まったことじゃない」
 それにはレイヴンはそう答えた。

 レアヘルツの谷。かつての戦場跡。
 ゾイドイヴと共に出現した古代ゾイド人の都市イヴポリスは、あの戦いの後再び地下深くその姿を隠していた。
 レアヘルツの谷は以前と変わらない姿を取り戻し、今も尚ゾイドの制御系を狂わせるパルス、すなわちレアヘルツを発している。
 ジェノブレイカーやオーガノイド達が、そのレアヘルツの影響を受けないギリギリの地点まで近づくと、レイヴンとリーゼはコックピットから降りた。
 丁度、1年前イヴポリスが出現した場所が望める崖の上に立つ。
 そこから見下ろすその場所には、今まだ激しかった戦いの跡が残り、地表は砲弾がつけた穴が開き、硝煙で黒ずんでいた。
 リーゼは何も言わず、その場所を見下ろしていた。
 レイヴンはリーゼの後ろに立ち、その背中を見守っている。
「♪〜〜 ♪〜〜〜」
 不意に歌声が聞こえた。リーゼの声だった。
 レイヴンの知らない、初めて聞く歌だった。古代ゾイド人の歌なのかもしれないと、レイヴンは思った。
「子守歌なんだ」
 数小節歌うと、リーゼが歌うのをやめ、そう呟いた。
「子守歌?」
 レイヴンが聞き返す。
「ああ。ヒルツが安らかに眠れるようにね」
 振り向かず、背中で話すリーゼの表情はレイヴンからは見えない。
「そうか」
「昔、眠れずに泣いていた僕に、ヒルツが歌ってくれたんだ」
 言うと、リーゼは続きを歌い始める。
「♪〜〜 ♪〜〜〜」
 レイヴンは黙ってそれを聞き、2人の後ろではシャドーとスペキュラーもそれを聞いていた。
 優しくて、安心する、そんな旋律だった。
 歌い終わると、リーゼがやっとレイヴンに振り返った。
 そこにレイヴンがいることを確認すると、
「何も聞かないんだね?」
 そう言った。
「ヒルツとのことも、昔のことも」
 レイヴンはすぐにはそれに答えず、じっとリーゼを見つめてから口を開く。
「言いたければ言えばいい。お前が言わないということは、俺は知らなくてもいいということだろう?」
 そして、レイヴンはそう答えた。
「ああ、そうだね」
 それにリーゼはパッと笑顔を見せる。
「へへ」
 笑顔のままリーゼはレイヴンに近づくと、その顔を覗き込んだ。
「何だ?」
 すっかりいつも通りのリーゼに、レイヴンがいやな予感を感じる。
「今度、レイヴンにも子守歌歌ってあげようか?」
 得意の悪戯な笑みを浮かべていた。
「いらん。俺は子供じゃない」
 レイヴンがぶっきらぼうな返事を返す。
「じゃあ、子供が出来たら歌ってあげるよ」
 それにまたリーゼがそんなことを言い出す。
「ね、レイヴン。子供作ろう〜」
 調子に乗って、レイヴンをからかう。
「ば、何を言っている!? 行くぞ!」
 言うとレイヴンはスタスタと歩き出した。
「ね〜、レイヴンてば〜」
 そしてリーゼは、またレイヴンにまとわりつき、からかって遊ぶ。
 そんな、リーゼとレイヴンの声が、かつての戦場に聞こえていた。



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