雨の夜



   今夜は雨が降っている。
 野宿する訳にもいかないので、岩盤にジェノブレイカーの爪で穴を開けた。
 無理矢理作った洞窟の、比較的地面が平らなところを選んで毛布を敷く。
 毛布の枚数の都合で、俺とリーゼは一緒の毛布に包まった。
 洞窟の入り口では、シャドーとスペキュラーが丸まって寄り添っている。
 洞窟の外に見えるジェノブレイカーが、雨に濡れ少し可哀想かとも思った。

 雨の音がやけに耳について、眠れないでいた。
 目を開けて、洞窟の天井を眺めている。
 ぼんやりと考え事をしながら、しばらくそうしていた。
 ふと、隣で寝ているはずのリーゼが、じっと俺を見つめていることに気がついた。
「どうした? 眠れないのか?」
 俺は顔を横に向けて、リーゼに声をかけた。
「ああ。雨の音がうるさくてね」
 リーゼはそう言うと、相変わらず俺の顔をじっと見つめる。
「何だ?」
 そのリーゼに訊いた。
「別に。……見てて飽きないからさ」
 リーゼは、特に表情を変えるでもなく、普通にそう答えた。
「……そうか」
 本当に言葉通りなのだろう。
 俺はそれ以上何も聞かなかった。
「レイヴンは?」
 が、リーゼがそう口を開いた。
「何がだ?」
 俺は何のことだと訊ねる。
「何考えてたのさ?」
 相変わらず表情を変えずにリーゼ。
 眠れなくはあっても、眠気はあるのだろう。どこかとろんとした目つきだった。
「別に」
 俺はそう答えた。
「ちぇ、ずるいなぁ。僕はちゃんと答えたのに」
 眠そうな声でリーゼが舌打ちする。
 瞬きの時間が長い。
「大したことじゃない」
「ふーん。じゃあさ、教えてくれたら代わりに僕の秘密を教えてあげるよ」
 言うと、くすっと微笑んで見せた。
「秘密?」
 その言葉に反応して、俺はリーゼを見つめる。
「そう。教えてくれたらね」
 眠そうな顔で楽しそうに笑う。
「ダメだ」
 即答した。
「どうしてさー」
 言うと、ぷーっと膨れ面を見せた。
「そう言って俺に話させるつもりなんだろう? 本当は秘密なんてないんじゃないのか?」
 リーゼの性格は分かっているつもりだ。
「えー、本当にあるもん。レイヴンの知らないことだもん」
 また、頬を膨らませて拗ねる。
「じゃあ、言ってみろ」
「言ったらレイヴンも何考えてたか教えてくれる?」
 ちょっと上目使いにリーゼが俺の顔をうかがう。
「俺が驚くような秘密だったらな」
「絶対だよ。約束だからね」
「ああ」
 返事を返しつつも、俺はどうせ大したことではないだろうと思う。
「あのねぇ……」
 そして、何故か少しはにかみながら、リーゼが口を開いた。
「僕、レイヴンのこと大好きなんだ」
 リーゼが秘密を打ち明けた。
「…………」
 リーゼが秘密を打ち明けた?
「えへへ」
 照れ笑いをしている。
「それで?」
 秘密というにはあまりに予想外のセリフだったので、その続きがあるのかと一瞬思う。
「だからー、今までも好きだったんだけど、今はもっと好きになったんだ。知らなかったでしょ?」
 だが、どうやらそれが秘密だったらしい。
「それが秘密か?」
 思わず、思ったことをそのまま口に出す。
「どう? 驚いた?」
 リーゼはにこにこと嬉しそうな表情を見せる。
「別に」
 ぶっきらぼうに答えた。
「ちぇ、せっかくの告白なのに冷たいなぁ」
 そんなことを言う。
 ある意味驚いてはいた。
 臆面もなく、良くそんなことが言えると感心する。
 俺には到底真似が出来ない。
 照れる。
「僕だって好きって言う時はどきどきしてるのにさ」
 リーゼがそう続けた。
 少し、以外だった。
 いつも冗談ともつかない風にそんなセリフをさらっと言ってみせるから、リーゼにとっては何でもないことなのかと思っていた。
 そう思うと、思わず俺はリーゼをじっと見つめていた。
「さ、君の番だよ」
 その俺に、リーゼが言う。
「何がだ?」
 俺はそれにそう答えると、リーゼを見つめていた視線を天井に向ける。
「僕の秘密を聞いたら、何を考えてたか教えてくれるって言ったじゃないかー」
 また拗ねる。
「驚くような秘密だったらって言っただろう?」
「えー、ずるいよう。教えてくれるって言ったのにー」
 リーゼはそう言うと、がしっと俺の腕を掴まえ、そのまま俺の体を揺する。
「教えない」
 揺すられながら俺。
「レイヴンー」
 甘えているのか拗ねているのか分からないような口調。
「だめだ」
「ねぇー、気になるよう」
 耳元でいつまでもうるさい。
 こうなるとリーゼは手に負えない。
 満足するまであの手この手で俺を攻め立てる。
 いつもは観念して俺が折れるのだが、今日はそうはいかない。
 仕方がない、か。
 俺はそう思うと、体を横に、リーゼの方に向ける。
 そして、毛布の中、手を伸ばした。
『ぐっ』とリーゼの体に手を添えると、力任せにそのまま自分の方に引き寄せた。
「やっ!」
 と、その俺の行為に驚いたリーゼが、短く悲鳴を上げる。
 だが、俺は構わずに、その悲鳴を上げた口を、自分の口でふさいだ。
「ん!」
 いきなり俺の唇が自分の唇に重なり、リーゼが驚いた表情を見せる。
 パッと見開いた目で俺を見ている。
 唇を合わせたまま、俺もそのリーゼの瞳を見つめる。
 目を開いたままの口づけ。
 しばらくそうして唇を重ねたまま見つめあっていたが、やがてどちらからともなく目を閉じて、互いの唇の感触に神経を集中した。

「声は出すな。シャドー達が目を覚ます」
「うん」
 それにリーゼがとろんとした目で小さく頷いた。
 きっかけはどうあれ、始まっていた。
 横向きに抱き合っていた体も、今は俺がリーゼの上に重なっている。
 すでにリーゼはその上半身を露わにしていた。
 透きとおるような白い肌が、暗い洞窟の中に浮かび上がる。
 素直に綺麗だと思った。
 俺は、そのリーゼの白い胸に顔を埋める。
 埋める、という表現をしていいのか戸惑うほど小さな膨らみだが、その真ん中にはピンク色のそれが精一杯その存在を主張していた。
 それに、唇を当てる。
 まず、右から。
「あんっ……」
 そっと、唇で挟み込むと、リーゼが甘い吐息を漏らした。
 それを聞くと、続いて、舌先でちろちろと転がす。
「ん……」
 小さく喘ぐ。
 さっきの俺の言葉を律儀に守ってか、声を殺しているようだ。
 だが、胸元で戯れている俺からは、その表情までは見えない。
 いつもとは違う、リーゼの小さな声に、俺は妙な高揚を覚える。
 やがて、右の胸に飽きると、口を離し、今度は左側に移る。
 左側も、右側と同じだけ触れてやる。
 時折、歯で刺激してやると、敏感にそれに反応する。
「ぅん……」
 いつもならもっと大きな声を出しているところだが、やはりリーゼもシャドー達に知られるのは恥ずかしいのだろうか、懸命に声を抑えていた。
 俺は、不意にその我慢しているリーゼの顔が見たくなって、唇を離すと上半身を起こす。
 視線をリーゼの顔に向けると、目を閉じて、左手の人差し指を唇で挟み込んでいるのが見えた。
 指をそうすることで、声を殺しているのだろう。
 俺は、普段からは想像出来ないリーゼのその姿を見ると、たまならく愛しく感じた。
 可愛かった。
 たまらなくキスがしたくなった。
 勝手に体が動き、リーゼの左手をそっと唇から外していた。
 何事かとリーゼが目を開ける。
 それには構わずに、自分の唇をリーゼの唇と重ねた。
「ん」
 さっきのような強引なものではなく 今度は精一杯優しくするつもりだった。
 だが、さっきよりも強く、激しくなった。
 抑えられなかった。
 唇を重ねると、邪魔な鼻と格闘しながら、何度も顔を左右に傾ける。
 収まりのいい角度を見つけると、そこで落ち着き、今度は舌を伸ばした。
 リーゼの、僅かに開いている上下の歯の間に、割って入る。
 そうして口内に侵入すると、最初は戸惑っていた風のリーゼも、やがて自分の舌を俺のそれに絡めてきた。
 器用にくねらせて、互いに触れ合いを楽しむ。
 すっと俺が舌を引くと、リーゼが追いかけるように、俺の口の中に潜り込んできた。
 罠にかかった獲物のように、俺はすかさず自分の歯でリーゼの舌を捉えた。
 痛くない程度に歯を立てて逃げられないようにすると、続いてそれを吸引する。
 俺が吸うと、リーゼの舌が引っ張られる。
 リーゼの舌の根元を、ちりちりとした、軽い痛みに似た感触が襲う。
 軽く立てられた歯の刺激と、引っ張られる感触が、微妙な快感を与えている。
「ん、ん、ん、ん」
 俺が吸うと、それに合わせてリーゼが小さく喘ぐ。
 眉間にしわを寄せる。
 長く官能的なキス。
「はぁあぁぁ……」
 やっと唇を離すと、同時にリーゼが甘い息を吐いた。
「レイヴぅン……」
 それから、俺の名を呼ぶと、俺を見つめる。
「好きィ……」
 うわごとのように呟く。
「リーゼ……」
 それに答えるようにリーゼの名を呼ぶと、俺はまたリーゼに口づける。
 柔らかな髪。すべすべとしたおでこ。とろけそうな瞼。可愛い耳。小さい鼻。柔らかい頬。細い首筋。
 ありとあらゆるところに口づけした。
 唇を当てた部分が、全て俺のものであるとマーキングをするように。
 それから、また唇。
 今度は軽く。
 そして、そこからゆっくりと首筋を通り、また胸元に降りていく。
「レイヴン、レイヴン……」
 リーゼは俺を感じて、切なげに声を上げる。
 だが、すでに名前を呼んでいるのではなく、俺の名を発音していても、それは鳴き声と大差なかった。
 やがて、俺の唇がしっとりと濡れている部分に到達すると、リーゼはビクンと体を仰け反らせた。
「あぁん!」
 そして、一際大きな声を上げる。
 すでに、大きな声を出さないという意識は、どこかに飛んでいるようだった……。

 元々の眠気に、行為の後の独特な眠気が加わり、リーゼはあっという間に眠りに落ちていった。
 俺の横で体を丸め、小さくなってすやすやと寝息を立てている。
 その姿がどこか小動物を連想させ、さっき感じたのとはまた違う可愛さを感じさせた。
 シャドー達は全く気づいた様子はなく、ずっと洞窟の入り口で眠ったままだった。
 本当に気づかなかったのか、わざと気がつかない振りをしているのか、俺達のあられもない姿になど興味がないのかは分からなかった。
 と、不意に俺はそのことを思い出した。
『何考えてたのさ?』
 そう聞かれ、それを誤魔化すために始めた行為だったんだ。
 リーゼが目を覚ましたら、また、何を考えていたのかと問いただされるのだろうか。
「お前のことを考えていた」
 まさか、正直にそんなこと言える訳がない。
 照れる。
 今度はどうやって誤魔化そうか。
 だが、その方法を思いつく前に、俺も眠気に負け瞼を閉じてしまっていた。
 いつしか、俺もリーゼの横で寝息を立て始める。
 耳についていた雨の音も、いつの間にか、聞こえなくなっていた―――。



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