武士は食わねどつかまつりーっ!
「お腹空いたー」 青い空を見上げ、ジェミニはため息にも似た声を漏らした。 辺りは一面の荒野。ただ、だだっ広いだけの空間にジェミニと、その愛馬ラリーの姿はあった。 ジェミニは無造作にその何もない荒野に寝転がり、ぼんやりと空を眺めている。 ラリーは何をするでもなくその横にたたずみ、時折ブルルと鼻を鳴らした。 「あいつめー。今度会ったら絶対やっつけてやる!」 ジェミニは空を眺めながら、そんなことを言う。 くー。 と、同時に腹の虫が鳴いた。 「あーお腹空いたー!」 ジェミニはむしゃくしゃして声を張り上げる。 それというのも、ジェミニの言う『あいつ』のせいで、食料はおろか荷物のすべてを失ってしまったからである。 ジェミニは師匠ミフネの遺言を守るため、故郷テキサスを離れ、愛馬ラリーと共に紐育へと向かっていた。 ところが、そのジェミニの前に謎の蒸気甲冑、そして仮面の男が現れた。 突然、そして訳も分からずに襲われるジェミニ。反射的にホルスターの銃を抜いて応戦するも、蒸気甲冑の装甲には大したダメージを与えることはできなかった。 だが、とっさに愛刀レッドサンを抜き去ったことが功を奏した。銃弾の効かなかった相手に鋼の刃は深々と突き刺さった。 それが自らの持つ霊力のおかげだとは、この時のジェミニはまだ知らないが。 こうして何とか難を乗り切ったジェミニだったが、そのどさくさでラリーに積んであった旅荷物の一切を荒野に撒き散らしてしまっていた。食料も地図も何もかも。 残されたのは腰の銃と背中の愛刀、赤毛を飾るテンガロンハットにサムライの誇りだけである。 おかげでジェミニは向かうべき方向すら分からず、腹を空かせたまま途方にくれているのだった。 「あー、ボクのお弁当どこいっちゃったんだー!」 たまらずジェミニはそう叫んだ。 「ヒヒーン!」 その横でラリーが知らないよーとでも言うようにいななく。 「ちぇー、お前はいいよなぁ。どこにでも食べるものがあってさ」 寝転んだまま顔だけをラリーの方に向けると、ラリーはその足元に生える野草に口をつけていた。 「なぁラリー? それおいしいのかい?」 ジェミニは思わず質問する。 「ヒヒーン。ブルルー」 おいしいよー、と言っているのだろうか? ラリーは馬の言葉で返事をした。 「ボクにもちょっと分けてくれないか?」 ジェミニは言うと手を伸ばし、ラリーの足元に生える野草を摘み取った。そして口に運ぶ。 「はむっ」 口に放り込んだ野草をもぐもぐと噛みしめると、だんだんとジェミニの表情が変わっていく。 「うえー。まずいー」 人の口には合わないその味に、たまらずジェミニが声を上げた。 「ヒヒン?」 大丈夫? とでも聞いたのか、そのジェミニにラリーが声をかける。 「ぷっ。あはは。あははは」 が、ジェミニは自分のした行為に思わず吹き出すと、大声で笑い始めた。 「ヒヒン?」 今度は違う意味でラリー。 ジェミニは構わずその場で笑い転げた。 ひとしきりそうして笑うと、やがてジェミニはまた仰向けに寝転がり空を見上げる。 その横でラリーもまた食事を再開した。 「これからどうしようかなぁ」 流れる雲を物憂げに見つめるジェミニ。 やがて、すぅっと息を吸い込むと、 「〜〜♪」 歌い始めた。 勝気で活発なジェミニからは想像できない、それでいて聞かされるとジェミニらしさを感じる歌声。 例えるなら、広大な大地を照らす太陽のような、あたたかく包み込むような。 「〜〜♪」 食事を終えたラリーもうっとりと耳をかたむけていた。 「ふぅ」 やがて歌い終えると軽く息をつく。 「紐育ってどんなところなんだろう」 方向すら分からないその場所に思いを馳せる。 「師匠。どんなことがあっても必ずたどり着いてみせるよ。師匠との約束を守るためにも」 その決意は固かった。 ゴー! 唐突に唸りが聞こえた。 何かが近づいてくる。それもかなりの数だ。 「何?!」 「ヒヒーン!」 驚き、とっさに立ち上がるジェミニ。 ラリーも突然の出来事に興奮する。 「どうどうどう」 そのラリーを落ち着かせ、辺りをうかがうジェミニ。 「またお会いしましたね」 頭上から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「お前は!」 忘れもしない、あの仮面の男だった。 そして、その周りにはあの蒸気甲冑の姿も見えた。その数はこの前とは比べ物にならないほど多い。 上空からたくさんの蒸気甲冑がゆっくりとジェミニの周りに着地する。 その蒸気甲冑の1つに仮面の男を肩に乗せたものがあった。 「さあ観念なさい。いくらあなたでも相手にできる数ではありませんよ」 仮面のせいでその表情は見えないが、仮面の男が不適な笑みを浮かべる。 「ラリー。協力してくれるかい?」 仮面の男には答えず、ジェミニはさっと愛馬ラリーにまたがった。 「逃げるつもりならやめた方がいい。あなたの駿馬といえどこれだけのヤフキエルから逃れられるはずもない」 「逃げるつもりなんてないさ。サムライは決して敵に背中を見せたりはしないんだ」 「ほう。では戦うつもりですか? あなたの持つ普通の銃では私達は倒せませんよ。まさかまたその背中のなまくらで戦おうというのではないでしょうね? これだけを相手に」 嘲笑。仮面の下で馬鹿にした笑いを浮かべる。 「なまくらだって? サムライの魂を馬鹿にしたな!? 数が揃わなければボク一人やっつけられないくせに!」 ジェミニの表情が今までとは違うものになる。 「いいでしょう。そこまで言うなら望み通りお相手してあげます」 言うと、仮面の男はさっと右手を上げる。それが合図となって周りの蒸気甲冑のエンジン音が高鳴り始めた。 戦闘態勢は整ったようだ。 「ラリー。知ってるかい? サムライは戦いの前に名乗りを上げるんだってさ。昔師匠に聞いたことがあるんだ」 ラリーの顔を撫でながらジェミニ。その視線は敵を見据えたまま。 「ヒヒン。ブルルー」 それにラリーが応えると、ジェミニは満足したように微笑する。 手綱をしっかりと左手で持ち、右手で背中のレッドサンを握る。 軽く力を込めるとゆっくりとそれを引き抜く。 スラリとその鮮やかな刀身が鞘から解き放たれると、丁度天空に輝く太陽の光がそれに当たる。 その名の通りキラリとレッドサンは輝き、目の前に並ぶ鉄の怪物達を威圧した。 「行くよ、ラリー!」 「ヒヒーン!」 ジェミニはラリーに合図し、ラリーはそれに応える。 阿吽の呼吸。人馬一体となると、ふたりは蒸気甲冑の群れに飛び込んでいく。 愛刀レッドサンを高く掲げ、ジェミニが叫ぶ。 「ジェミニ・サンライズ、参上つかまつりーっ!」 荒野のサムライ娘。ここに出陣。 |