巴里華撃団、参上!!



 巨大魔操機兵ハクシキから噴き出す金色の蒸気に、帝国華撃団花組はなす術がなかった。
 花組隊員の霊力はその蒸気に中和されたのか、霊力計の反応はゼロを示している。
 霊子甲冑光武二式はその動きを止め、ただの鉄塊と化していた。
「光武を捨てて逃げなさい! このままだと、光武が暴走するわ!」
 光武二式の中の霊力を必要としない部分。通信機からかえでの声が聞こえてくる。
「くそっ……。どうしてもだめなのか!!」
 かえでの声を聞きながら、大神が無力化した自分を呪う。
「大神さん……。あきらめるのはまだ早いです」
 その時、モニターに花火の姿が写った。
「大神さんには、私たちが……巴里華撃団がいるじゃないですか」
 その花火が、真剣な眼差しでそう言った。
「パ、巴里華撃団? みんなは今……巴里にいるんだぞ!?」
 花火の言葉に大神は驚く。
 大神の思いももっともだった。
 巴里華撃団は当然巴里にいる。そして自分たちは帝都にいるのだ。
 彼女たちがいくら頼りになる仲間だといっても、今この危機を救ってくれるなどと、考えられるはずもない。
「大神さんが命令してくだされば、みんなはどこにでも出撃します!! それが巴里華撃団なのです!!」
 だが、大神の戸惑いに、花火はそう告げる。
「し、しかし……」
 花火の眼差しは真剣そのものだ。
 巴里華撃団花組、副隊長の花火が、この非常時に冗談を言うような人間でないことは大神にも分かっていた。
 それでも、彼女の言葉はにわかに信じられるものではない。
「さぁ! 巴里華撃団に出撃命令を出してください!! 今は一刻を争います!」
 花火は尚も言う。
 あの花火が、ひかえめでおとなしかった花火が、これほどまでに強く。
 大神には、正直花火の言葉は信じられなかった。
 けれど、その眼差しに、うったえに、偽りがあるとは思えなかった。
「……わかった」
 大神は信じた。
 仲間を信じた。
「巴里華撃団、出撃せよ!! 目標、帝都……。帝国華撃団のサポートだ!!」
 半年振りに、大神は巴里華撃団の隊長に戻る。
「了解!!」
 大神隊長の耳に、彼女たちの声が聞こえたような気がした。

 同時刻巴里。凱旋門支部。
「大神隊長の出撃命令、確認!!」
「リボルバーカノン、セットアップ!!」
 花火の光武から帝都タワーを通して、大神の出撃命令は巴里に、凱旋門支部に届けられた。
 その瞬間から巴里華撃団も、東京の戦いに参戦する。
「へっ、やっとお呼びがかかったね。遅いんだよ」
 光武F2の中、ロベリアが言葉とは裏腹に笑みを浮かべる。
 凱旋門支部には花火以外の巴里華撃団花組が集結していた。
 東京の花火からの通信で、帝国華撃団が戦闘に入ったことが知らされると、すぐさま各隊員に緊急連絡が入った。
 それは彼女たちの意思でもあり、使命でもあった。
 例えどこにいても、隊長の戦いは花組隊員の戦いでもある。
 かつて、レニが大神に言ったその言葉は、巴里華撃団花組にとっても同じ思いだった。
「大神さんとトーキョーの花組さんなら大丈夫だと思いましたけど、わたしたちも待機していて良かったですね」
 出撃を控えた緊張な表情でエリカが感想を漏らす。
「結局、隊長には私たちが必要なのだ」
 嬉しそうにグリシーヌがそう答えた。
 光武F2はすでに弾道弾内に収められている。
 出動要請があるかどうかはわからない状況下で、それでも迅速に対応できるように最善の措置をとって巴里華撃団は待っていた。
 出撃がないのならその方がいい。だが、力が必要ならいつだって駆けつける。
 仲間を思う気持ちは、どこにいたって変わらない。
「発射準備!」
 司令室からグラン・マの声が聞こえた。
「ブースターユニット、準備完了!!」
「弾道弾、装填!!」
 ジャン班長率いる整備班と、凱旋門支部の隊員が的確に作業をこなし、メルとシーがそれをオペレートする。
 光武F2を内蔵した弾道弾が、リボルバーカノンのシリンダーに勢いよく装填される。
 ガクン!
 衝撃が走り、コックピット内で彼女たちは体を揺さぶられた。
「うっ」
 体の小さなコクリコが、それに小さな悲鳴を上げた。
 しっかりした強い女の子とはいえまだ子供。これから自分が体験する想像も出来ないことに、その緊張は頂点に達していた。
「コクリコ、大丈夫か?」
 口数の少ないコクリコを心配して、グリシーヌが声をかける。
「うん、ボク大丈夫だよ。イチローが待ってるんだ」
 気丈に、自分を奮い立たせる。
 大好きなイチローが待っている。その思いが恐怖を押さえつける。
 自分たちは今から、誰も経験したことのない成層圏からの脱出、大気圏突入をしようとしている。
 小さな少女にとって、その恐怖は計り知れない。
 だが、はるか東京での戦闘に、隊長のもとに駆けつけるための手段が自分たちにはあることが彼女たちは嬉しかった。
「照準セット。目標、大帝国劇場!」
「ウィ、オーナー!」
 グラン・マとメル、シーの声がスピーカーから聞こえてくる。
 リボルバーカノンの銃身は徐々に角度を急にする。
 弾道弾の中の彼女たちの体も傾いていき、発射の瞬間がすぐそこまで迫っていることを実感させる。
「照準補正。角度限界、越えます!」
 シーの声が聞こえ、リボルバーカノン、その銃口は空に狙いをさだめる。
 欧州全土に出撃を可能にするリボルバーカノン。
 しかし、この出撃の目標地点ははるか極東の国、日本。
 リボルバーカノンはその限界を越えて、ギシギシと火花を散らして歯車を軋ませる。
「こいつは、後から整備が大変だぜ」
 人知れずそう呟くジャン。だが、その顔に不安はない。
「照準セット、完了!!」
 歯車の軋みがおさまり、メルの声が響く。
「発射!!」
 間髪を入れずにグラン・マが引き金を引く。
「俺の光武たち。隊長さんを助けてやってくれよ!」
 そのジャンの叫びは、発射音にかき消された。
 バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ!
 大きな音が四つ。夜の巴里に響き渡った。

 リボルバーカノンから打ち出された弾道弾は、瞬く間に巴里の夜空へ消えていった。
 雲をつき抜け成層圏へと飛来する。
 弾道弾内部、光武F2の中で彼女たちはその強烈なGに必死に絶えていた。
 加速のGはオーク巨樹に突入した時のものとは、比べ物にならないほど凄まじかった。
 全身の血液が逆流するような感覚さえ覚える。
「きゃあぁぁぁ!」
「ちぃ!」
「くっ!」
 エリカは悲鳴を上げ、ロベリアは歯を食いしばり、グリシーヌは顔をしかめた。
 コクリコは声もなく、気を抜けば気を失いそうになる自分と必死に戦っていた。
 成層圏に到達すると、衛星軌道に乗る。
 ほんの少しGが収まり、わずかに余裕ができる。
「人間は、こんなところまで来れちまうものなのかい……」
 モニターに映る景色に、ロベリアが思わず呟いた。
 ガクン!
 大きな振動が伝わってくる。
 弾道弾のブースターが切り離された時の衝撃が、彼女たちの体をまた揺さぶった。
 続いて弾道弾の外壁が分解し、落下用ポッドが姿を現した。そしてまた揺れる。
「わたし、酔いそうです……」
 絶え間なく襲う振動の波に、エリカが珍しく弱音を吐く。
「しっかりしろエリカ! 私たちが行かねば誰が隊長を助けると言うのだ!」
「そうだぜ、エリカ。酔うなら勝利の美酒に酔いな!」
 これまた珍しく、グリシーヌの言葉にロベリアが同意した。
「アイリスたちにボクたちが強くなったところを見せてあげるんだ!」
 と、コクリコ。
「それに、トーキョーの花組には世話になった。借りは返さねばならん」
 グリシーヌも言う。
「トーキョーに乗り込んで大暴れしてやるんだ! マリアやレニとの決着もつけなきゃならないしね。最後に笑うのはアタシたちさ!」
 あくまで強気なロベリア。
「そうですね! わかりました! がんばってみなさんを笑わせてあげます!」
 みんなに引っ張られ、エリカも元気を取り戻す。
「はっ! お前にはいつも笑わせてもらってるよ!」
「まったくだ」
「あはははは」
 いつもの調子が戻り、ロベリアもグリシーヌも笑みを見せた。コクリコもつられて笑う。
 グンッ!
 急に、今度は引っ張られる感覚。
 地球の引力に引かれている。大気圏突入が始まった。
 宇宙の星はあっという間に見えなくなり、空気との摩擦熱がコックピットにも伝わってくる。
 少し暑い。
 うっすらと肌に汗が浮かび、モニターには青い海に浮かぶ小さな島国が見えはじめた。
「いよいよだぜ!」
 ロベリアが叫ぶ。
「イチロー今行くよ!」
 コクリコも負けじとそう叫ぶ。
「よーしチビ。どっちが先に着地するか勝負しようじゃないか?」
 からかうようにロベリアが言う。
「いいよ! ロベリアなんかに負けないもん!」
 元気にコクリコが答える。
「ははは! お前らも一枚かむかい!?」
 エリカとグリシーヌにも声をかける。
「エリカ、かけっこは得意なんですよぉ」
「私がお前になど負けるはずがなかろう!」
 エリカもグリシーヌも元気いっぱい。
「話は決まった! おらぁ、行くぜー!!」
 グングンと降下し、地上が近づいていく。
 落下用ポッドからパラシュートが開き、減速を開始する。
 ある程度の減速を終えると、ポッドを捨て光武F2が飛び出す。
 白い雲をつき抜け、夜の巴里から昼の東京へと、あっという間にたどり着いた。
 眼下にはもう、銀座の街が見えている。
 白い機体が見える。
 頭部に付けられた飾りが見える。
 その手に持つ二本の大太刀が見える。
 隊長がいる。そこにいる。
「巴里華撃団、参上!!」
 巴里から、天使が舞い降りた―――。



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