巴里の夏より



 俺が巴里に来て、もう4ヶ月が経とうとしていた。巴里は今8月。帝都の夏に比べれば随分とすごしやすいけど、それでもやはり夏は暑い。
 そんなある日。帝劇の皆から暑中見舞いが届いた。

 朝、アパートの郵便受けにゴトンと何かが入れられる音で俺は目を覚ました。
 ふと、枕元の時計を見るとすでに11時。今日は休みとはいっても少し寝坊し過ぎたな。連日の戦闘で疲れきっているのだろうか。
 俺はベッドから降りると、郵便受けにそれが何か確認しに行く。
「日本からだ」俺はそれを手に取ると思わず、声を出していた。
 日本。帝都東京。懐かしい大帝国劇場からの手紙だった。それが8通。ひとまとめにくくられていた。
 俺はワクワクしながら手紙をまとめている紐をほどき、その手紙1つ1つにナイフを入れた。

 桜色の封筒は、やはりさくら君の手紙だった。
 さくら君の手紙には、熱海のことが書かれていた。今年も皆で熱海に出かけたらしい。
 今年は俺の代わりに加山が同行したそうだ。
 加山が風呂を覗かないか、マリアと2人注意しながら入ったと書いてあった。
 加山のヤツ、いつもそんなことしているのだろうか?

 すみれ君の手紙を開くと、ふわりと香水の良い香りがした。
 去年発売された資生堂の『銀座』という香水なのだそうだ。そういえばこちらにはコティの『パリ』という香水があると以前グリシーヌ君が言っていたのを俺は思い出した。
 すみれ君はその『銀座』の宣伝広告のモデルをしたのだそうだ。
 匂いを伝えられない写真の仕事だから、見る人に良い香りだと伝えることに流石のすみれ君も苦労したんじゃないかな。

 マリアの手紙には、帝都の様子が書かれていた。
 流行している食べ物やファッション等が書かれ、それにマリアなりの感想が付け加えられていた。
 最近は短い髪の女性が増えてきたらしく、モダンガール全盛のようだ。服装も和服よりも洋服が目立つようになってきたらしい。
 パーラーやカフェではみつ豆が人気らしく、小倉のかかった物もあるらしい。俺も1度食べてみたいな。
 そう言えば、マリアが甘味を食べているのは見たことがないな。甘い物は苦手なのかな?
 そんなマリアの手紙は、どこか几帳面な文章で、俺はその文章から昔マリアが提出した報告書を思い出し微笑した。

 アイリスの手紙を見て、漢字が増えていることに驚いた。
 俺が帝都を後にしてからも、ちゃんと勉強は続けているようだ。
 でも、まだまだ間違いもあって、『王子様』を『玉子様』、『米田のおじちゃん』が『光田のおじちゃん』になっていた。
 『月組隊長』を『目組隊長』って書いてあったのには笑ったけどね。加山は火消しだったのか。
 しかし、アイリスに勉強を教えてやっていた頃が懐かしい。俺も巴里に旅立つ前は、アイリスにフランス語を教えてもらったっけなあ。
 だけど、フランス人のアイリスが日本にいて、日本人の俺がフランスにいるというのも面白い話だ。

 紅蘭は相変わらず発明をしているらしい。
 俺がいないと実験台がいなくて困っているようだ。
 この前加山に実験台を頼んだら、快く引き受けてくれたのだそうだ。だけど、実験が終っても何か物足りなそうな顔をしていて不思議に思ったと書いてある。
 加山のヤツ、いつかの『いれかえくん』みたいに何か面白いことが起きないかと期待していたに違いない。
 爆発しなかっただけでも御の字なのに。

 カンナは組み手の相手がいなくて寂しいと書いてあった。
 加山を誘ってもすぐに姿をくらますらしい。
 紅蘭の実験には付き合っても、カンナの相手は出来ないとみえる。
 仕方がないから紅蘭に組み手相手の『くみてくん』を作ってもらったら、殴ったとたんに爆発してひどい目にあったのだそうだ。
 今度は『くみてくん』の中に加山を入れるってのはどうだろう?加山の期待通りかどうかは分からないが、俺としては面白いことになりそうだと思う。俺がその場にいられないのは残念だけどね。

 織姫君の手紙には小さな風景画が入れられていた。
 それは織姫君が描いたものだそうで、最近、緒方さんに教わっているのだそうだ。
 流石にプロの絵描きさんの娘だ。とても上手に描けている。
 その風景画の景色が帝劇のテラスからのものだから、俺は懐かしくてついその絵に見とれてしまっていた。
 そう言えば、この前シャノワールの近くの画廊で見たシャガールという絵描きの作品が素晴らしかったな。今度買って送ってあげようか。でも、一体幾ら位するんだろう?

 レニの手紙にはかえでさんに買って貰った夏物の服のことが書いてあった。
 かえでさんがしきりにスカートを勧めてきたらしいが、レニは動きにくいからと断ったらしい。
 それでもかえでさんが諦めなかったらしく、結局間を取ってキュロットにしたのだそうだ。
 でも、どんな柄のキュロットを買ったのか書いてないな。
 レニらしく落ちついた感じの柄なのかな?それともかえでさんに押し切られて、可愛らしい感じのものなのかもしれないな。
 だけど、レニが服装について書いてくるなんてちょっぴり意外だった。でも、レニが女の子らしくなるのは、やっぱり嬉しいな。

 手紙を全部読み終えると、俺は懐かしさと寂しさが入り混じったような気持ちになった。
 そして、ふと“仲間”に会いたくなる。
 こっちでの俺の仲間。そう、巴里華撃団の5人だ。

 アパートを出てシャノワールに行くと、休みだというのに皆集まっていた。
 見ると、相変わらずグリシーヌ君とロベリアが喧嘩を始めていた。
 2人とも気が強いからよく衝突するんだ。すみれ君とカンナを見るようで俺は思わず微笑してしまう。
 その2人を見てコクリコは面白がってはやし立てている。本当にいつも明るい子だ。
 花火君は止めるでもなく、微笑ましいものでも見るようにいつもの笑顔を見せていた。仲間のことを気遣っている優しい娘だ。
 エリカ君は2人を止めようとあたふたしているが、全く相手にされず今度はおろおろし始めた。いつも一生懸命だが、おっちょこちょいで決まらない。そこがエリカ君の魅力でもある。

 俺が声をかけると、皆が俺に気付きそれぞれに挨拶を返してくる。
 グリシーヌ君とロベリアが喧嘩を中断して俺に笑顔を見せた。そのまま仲直りすれば良いのに、その後また言い合いを始める。
 コクリコは遊び相手を見つけたような顔で俺にニコッと笑い、花火君は相変わらず微笑を絶やさないままにお辞儀をする。
 エリカ君は良く来てくれたと言わんばかりに俺を捕まえると、グリシーヌ君とロベリアの喧嘩の仲裁をしてくれと頼む。
 俺は仕方なく、いや、どちらかと言うとそれを楽しんでいるのかもしれないが、グリシーヌ君とロベリアの間に割って入ると、仲裁を始めた。
 今度は俺を挟んだまま2人は言い合いをするから、俺もたじたじで困ってしまう。
 それにまたコクリコが面白がってはやし立て、花火君が微笑し、エリカ君があたふたする。
 一見まとまりのないように見えて、これでも戦闘になると息はピッタリ。どこか帝劇の雰囲気を思い出させて、俺はホッとしてしまうんだ。
 シャノワールに皆の元気な声が響く。
 帝劇の皆とシャノワールの皆が、いつか友達になれる日が来れば嬉しいな。俺はそう思った。
 アパートに帰ったら帝劇の皆に返事を書こう。
 書き出しは、そうだな・・・。
「拝啓、帝劇の皆。巴里の夏も暑いけど、俺は元気です」



あとがき



サクラ小説