12月22日 存在理由 |
かえでがブルーメンブラットに潜入した時、それを排除しようとしたのは他ならぬレニだった。 レニは戦闘機械として洗脳とも言える教育を受け、命令には絶対忠実な存在となっていた。 かえでは襲ってくるレニを気絶させることで救出。賢人機関へと連れ帰った。 賢人機関はレニの洗脳を解くことに尽力をつくし、傀儡だったレニは個人の意思を取り戻すことが叶った。 それは成功のように思えたが、戦闘機械としての意識は根強く残った。 賢人機関はそのレニの星組計画への参加を決めたが、かえではそれに断固反対する。 普通の生活に戻る権利を得たレニから、またそれを奪うのかと言った。 かえではレニを孤児院に入れて、普通の暮らしをさせるつもりだった。 「もう戦わなくていいのよ」 かえでは笑った。 だが、そのかえでの眼前で、レニは自殺を図った。 戦うことしか教えられなかったレニ。 戦うために生かされていたレニ。 そのレニに「もう戦わなくていい」と言うことは、「もう必要ない」と言うのと同義だった。 効率を上げるために無駄をなくす。 その延長線上の考えで、レニは自分という必要ないものを排除しようとした。 この時のレニにとって、戦うこと、それは絶対の存在理由だった。 寸でのところでかえではレニの自殺を止めたが、レニの意思は変わらなかった。 ブルーメンブラットの教育(洗脳)は、レニの存在理由にまで食い込んでいた。 厳しい実験の日々に閉ざされたレニの心は、それに疑問を抱くことはなかった。 レニを生かすためには戦場に送り出すしかない。 かえでは身を切るような思いで、レニを星組計画に参加させた。そして、自身もそれを見守るため、星組計画への参加を志願した。 どんな形であれ、そのベクトルが戦いに向いていれば良かった。 訓練。実験。学習。 星組に参加したレニは、少なくともその思考が死に向かうことはなくなった。 欧州大戦。最初で最後のこの世界戦争は、その戦場にたくさんの霊力者を送り込んだ。 ザクセン妖魔騎士団。アイルランドケルト協会。グリシーヌの叔父リシャールが参加した重装霊力騎兵団など様々な霊力部隊。それ以外に個人での参戦も確認されている。 その大半は戦場で命を落としたし、戦闘の主力が人型蒸気へと移っていったとはいえ、戦況を左右する霊力者達を実験部隊に参加させる余裕はなかった。 おのずと、星組は子供だけの部隊となる。 言葉も文化も違う様々な国から集められた子供達。 そんな部隊が上手く行くはずがなかった。 星組はチームとしては機能せず、ただの個人の集まりと言って良かった。 感情的な理由からなる精神不安定が引き起こした霊力暴走が相次ぎ、それが決定打となって星組はわずか半年足らずで解散した。 当時17歳だったかえでに、司令の荷は重すぎた。 かえでは星組の解散でレニの居場所がなくなることを心配したが、その後もアイゼンクライトの開発や賢人機関のエージェントとしてレニは日々を過ごした。 かえでも賢人機関のエージェントに戻ったが、レニの後見人的な立場はそのまま続けた。 レニの心を開かせるための手段として、だがレニには霊力向上と素性を隠すための隠れ蓑として星組時代から始めさせていたバレエ、演劇、ヴァイオリン奏者としてのマネージメントも引き受けた。 欧州をその活動の拠点にしていたレニは、時折同じ欧州で活躍する織姫と顔を合わすこともあったが、顔見知り以上の存在にはならなかった。 そして、その織姫と帝劇に配属される。 レニにとって帝劇での生活はカルチャーショックだった。 大神との出会い。花組との交流。足元にはフント。 無駄を嫌うレニにとっては不可解と思える行動も見て取れた。 心を閉ざしていたレニは最初それに動じなかったが、徐々に揺さぶられていった。 無駄と思える行動に、満足してしまうこともあった。 何年も閉ざされていた心は、たった数ヶ月で溶けた。 それは同時に、戦うこと以外にも生きる理由を見出すことになり、戦うことの意味すら違うものに変わった。 戦いを最優先し、そのために生きていたレニの存在理由は、別のものに変わっていた。 時を同じくして変化していった織姫は、親友と呼べる存在になっていた。 先日の銀座での戦闘。その時降魔が残した爪痕。 蒸気灯につけられたそれは、蒸気ガスの圧力により徐々に亀裂を広げていた。 やがて圧力に耐えられなくなり、引き裂かれた蒸気灯は蒸気ガスを噴出する。 昔の、常に戦いに身を置いていたレニなら、ピシという小さな異音を聞き逃さなかっただろう。 すぐさま警戒し、難を逃れたはずだ。 だが、平和に身を置き、一人の少女としての時間を過ごしていたレニに、それが出来ようはずもなかった。 蒸気ガスに飛ばされた細かな破片は、レニの瞳から光を奪った。 午後。サロン。 花組はそれぞれ椅子に座ったり壁にもたれたりして、大神の話を聞いている。 レニは大神の横に立ち、かえではその一歩引いたところに立っていた。 今、大神が絶望的な事実を告げたところ。 「レニ、目が見えなくなっちゃったの……?」 呆然とした表情でアイリスが口を開いた。 花組の面々も、信じられないという顔でレニを見つめている。 「……うん。ごめん、アイリス」 冷静な口調で、レニは答えた。 そのレニの目には包帯が巻かれ、それが嘘ではないと証明している。 あの後レニはすぐさま病院に運ばれ、医師による懸命な治療が行われた。 しかし、その努力もむなしく、レニの目は視力をなくした。 現在の医療技術では治療は不可能だと、医師は告げた。 「そんな、嘘よね。良くなるんでしょ? 包帯が取れたらまた見えるようになるのよね?」 震えた声で、さくらが声をかける。 「ずっと、このままだって」 それにもレニは、やはり冷静に答える。 「そんな……」 それを聞くと、さくらは目の前が真っ暗になった。 「まさか蒸気ガスの圧力で亀裂が広がってしまうやなんて。そらありえへんことやないけど……」 複雑な表情で紅蘭。 「なんでそんな傷がついたまま蒸気灯ほっとくんだよ! 折角あたい達が降魔倒してもこんなことになっちゃ意味ねぇじゃねぇか!」 憤りを爆発させるカンナ。 あの日の勝利のポーズが、ひどく滑稽なものに思える。 「大きな声出さないで。レニがびっくりするじゃない」 カンナの声に、マリアが少しうろたえる。 それにカンナははっとしてレニを見ると、レニの目を覆う包帯が目に入って、 「くっ」 いたたまれなくなりすぐに目をそらした。 「そうだ!」 一拍後、アイリスが声を上げる。 「エリカに来てもらえばいいんだよ! そしたらすぐに良くなっちゃうよ!」 「そや!」 「そうね!」 アイリスの言葉に花組の表情が明るいものに変わる。 「いや、エリカ君の霊力ではレニの目は治せない」 だが、大神の言葉がそれを突き放した。 巴里華撃団隊長でもあった大神は、エリカの霊力についても良く知っている。 エリカの霊力は怪我や病気を治すことが可能だが、それは『結果』が出ていない時にのみ効力を発揮するのだ。 塞がっていない傷口。活発なウイルス。それらを治療することは出来る。 が、火傷の痕などのすでに火傷とも怪我とも呼べない痕という『結果』を消すことは出来ない。 レニの瞳についた傷は、失明という『結果』をもたらした。 それに対してエリカの霊力は効力を発揮しない。 「…………」 大神の説明に、一同言葉を無くした。 「……今は、当面のことを考えよう」 険しい顔で大神が口を開く。 「明後日のクリスマス公演。レニの代役を立てるか、それとも公演を中止にするか。みんなの意見――」 「隊長、ちょっと冷てぇんじゃねぇのか?」 その言葉を遮って、カンナが大神をにらむ。 「ちょっとカンナ」 怒気をはらんだカンナの口調に、マリアが反射的にその名を呼ぶ。 「レニがこんな時にそんなこと考えてられるかよ! だいたい隊長が側にいながらなんでこんなことになっちまったんだ!」 それを無視してカンナが怒鳴った。 「隊長を悪く言わないで!」 今度はレニが大きな声。 「……隊長が悪いんじゃない。……ボクが悪いんだ」 低いトーン。 「レニ……」 そのレニの言葉に、カンナは力なくつぶやく。 「ボクが不注意だったんだ。ボクがもっと気をつけていれば、こんなことにはならなかった」 「そんな。それは違うわレニ。これは事故よ。どうしようもなかったんだわ」 自分を責めるレニを、マリアが否定する。 「違わない。ボクのせいでみんなに迷惑をかけてしまった。公演にも出られない」 マリアの声がした方に顔を向ける。 見慣れない、包帯を巻いたレニの顔を、マリアが悲しげに見つめた。 「いや、カンナの言うとおりだ。レニのせいじゃない。俺が、俺がレニを守ってやれなかったから」 さっきのレニと同じに、大神が自分を責めた。 「違うよ隊長。隊長は悪くないよ」 マリアに向けていた顔を大神に向けると、どこか優しい口調。 「っ」 大神はいたたまれず、悔しさを顔に浮かべた。 花組はもう気力が残っていないのか、誰も言葉を発しない。 しばしの沈黙の後、 「織姫」 レニがその名を呼んだ。 「織姫に、ボクの代役をやってほしい」 それからそう言う。 その言葉に、織姫は鋭くレニを見つめた。 ここに集まってから一度も口を開いていない織姫がサロンのどこにいるのか、視覚を失ったレニにははっきりとわからないが、その存在は肌で感じている。 「今日と明日。それだけの時間で聖母を演じられるようになるのは織姫だけだ」 カタン。 と、織姫が椅子から立ち上がった。 「お断りします」 そして、はっきりとした口調で言う。 「織姫……」 織姫の声がした方向に顔を向けてレニ。 「わたしの知っているレニ・ミルヒシュトラーセという役者は、これくらいのことで役を降りるようなことはしません」 花組や大神が見つめる中、織姫。 「目が見えないくらいなんだというんですか。例え目が見えなくても、体が覚えているはずです。何度となく踏んできた帝劇の舞台。毎日繰り返した稽古。あなたはもう帝劇の舞台を隅から隅まで知っているはずです」 高ぶる気持ちを抑えるように、声を震わせる。 「一度舞台に立ってしまえば、どこで何をするか、どこに何があるか、どこに誰がいるか。そんなことわからないはずないです」 怒りとも悲しみともつかない震えた声。 「いいえ、舞台の上だけじゃないわ。わたしの知っているレニは、目が見えないくらいじゃへこたれない。バレエだって踊れる。ヴァイオリンだって、ピアノだって弾いてみせるはずです」 そこまで言って、織姫は自分の言葉にはっとする。 それを聞いていた大神、織姫のレニへのプレゼントを知っている大神の顔も、苦しそうな表情に変わった。 織姫は悔しそうな表情に変わり、 「あなたはわたしが認めた中でも最も高く評価した役者です。わたしは認めません。代役なんて絶対に認めないです。聖母はレニ、あなたに決まってるんです。誰にも代わりは出来ないんです」 叫んだ。 言葉どおり、織姫は認めなかった。認めたくなかった。 星組時代からレニを見てきた織姫。その強さを見てきた織姫。 その織姫だからこそ、役を降りると言うレニを認めたくなかった。失明という事実を認めたくなかった。 織姫は身を翻すと、この場にいることが堪えられなくなったように、足早にサロンから姿を消した。 誰も、その背中に声をかけることが出来なかった。 そして、星組時代からレニを知っているもう一人の人物。かえでも、織姫と同じ気持ちを抱えていた。 ずっと見守ってきたレニ。やっと普通の幸せを掴みかけたレニ。 そのレニを突き落とすようなこの現実を、かえでは受け入れられなかった。 レニの顔を見るのが辛くて、ずっと何も言わずその後ろに立っていた。 激しい喪失感だけが、かえでの心を支配していた。 「……とにかく、今日一日良く考えてくれ。明日、みんなの意見を聞く」 最後に大神がそう言って、その場は解散した。 その日は当然稽古はなく、みんな憂鬱な時を過ごした。 アイリスは一日レニの側にいて、レニの世話を焼いた。 夜寝る時間になってもアイリスはレニの側を離れず一緒に寝ると言ったが、レニが一人になりたいと言って、アイリスは仕方なく自分の部屋に戻った。 みんながそれぞれの部屋に戻った頃、レニは部屋を出て廊下を手探りで進みながら、すみれの部屋に向かった。 すみれの部屋に入ると、窓際に向かう。 外が見える訳でもないのに窓を開け、そこに立った。 どこか思いつめた表情で、ぼんやりと立ち尽くす。 しばらくしてフントの声が小さく聞こえてきた。 その声にぴくりと反応して、レニは我に返る。 「……フント」 今日はずっと屋内にいて、フントに会っていない。 「レニ?」 そこへ、声がかかった。 「何をしているんだい?」 暗い部屋の中に、大神の声が聞こえる。 「部屋にいないからどこに行ったのかと思ったよ」 「隊長……」 レニがその声に振り返ると、大神が近づいてくる足音が聞こえた。 「……うん。フント、どうしてるかなって思って」 いつかと同じようなセリフ。 大神はレニの側まで歩み寄ると、中庭を覗いた。 「何してるんだろう? 何か足元にいるのかな。足踏みしてるみたいに見えるけど」 暗闇に浮かぶ白い体は、まるでステップを踏んでいるようにも見える。 「虫でも見つけたのかな……」 「そうかもしれないね」 言って、大神は窓を閉めた。 「そうだ。今日はかえでさんが餌をやってくれたから」 窓を閉めると、それを思い出してレニに告げる。 「そうなんだ。良かった。……明日からもそうしてもらって」 それを聞くと、レニは少しほっとして、目の見えない自分の代わりに明日からもかえでに頼んでと言う。 それに大神は、言葉がない。 「ごめんな。午後から側にいなくて」 代わりに、そう口にする。 大神はサロンでの集まりの後、賢人機関を始めとした霊力集団にコンタクトを取っていた。 エリカ以上の癒しの力を持った霊力者、もしくはその可能性のある霊力者が確認されていないか調べていたのだ。 乙女学園や夢組の資料にまで目を通したが、その存在は確認出来なかった。 わずかな可能性に賭けたが、それも断たれた。 「ううん。アイリスが側にいてくれたから」 気にしないでという意味を込めて、レニは微笑む。 その微笑みですら、今は切ない。 「今日は星が見える?」 続いてレニがそう聞く。 「ああ」 ガラス越しに大神は空を見上げた。 「最後に見たものが隊長と見た星空で良かった」 その大神に顔を向けて、レニがそんなことを言った。 「レニ……」 そのレニの顔を見る。 目に巻かれた包帯が、暗い部屋の中で痛々しく白い。 「どうしてそんなに落ち着いていられるんだ」 思わずつぶやいた。 一度も取り乱すことなく、元気でも明るくもないが、落胆した様子も見せない。 「……覚悟はしていたから」 「覚悟?」 レニの言葉に、大神は怪訝な表情をする。 「もうずっと前から、戦いを始めた時から、それはわかっていたこと。何がおきてもおかしくはないところにボクはいる。大怪我をするかもしれないし、死ぬかもしれない。そうなったら、その現実を受け入れるだけ。それが戦いに身を置くということ」 まるで、二年前に戻ったかのような口調。 「何を言ってるんだレニ! 君はあの時戦っていた訳じゃない! ただ一人の女の子としての時間を過ごしていただけじゃないか!?」 たまらず大声を出す。 「隊長……」 「俺を、もっと俺を責めてくれていいんだ。側にいたのに何も出来なかった。レニを守ってやれなかった」 レニの肩に手を置き、大神は苦しそうに言う。 「隊長のせいじゃないよ。隊長だって、あの時戦ってた訳じゃないじゃない」 言うと、レニはふっと微笑んだ。 そのレニがたまらなく儚げに見える。 やりきれない思いが大神を襲う。 「レニ」 大神はレニを抱きしめる。 腕の中の小さな存在。 伝わる体温が温かい。 「隊長……」 小さな声。 「ボクは、これからどうすればいい?」 大神の耳にそう届いた。 「もう台本も楽譜も読めない。光武に乗って戦うことも出来ない。花組の一員として、何の役にも立たない。……ボクは、もう帝劇にいちゃいけないんだよね?」 「え?」 レニの言葉に、大神がはっとする。 抱きしめていたレニの体を離すと、その顔を覗き込んだ。 「ここで、お芝居をしたり、戦ったりするのが、ボクがここにいる理由だから。何も出来ないボクはここにいちゃいけないんだよね?」 震える声で、弱々しくつぶやく。 「何を言うんだレニ。帝劇はレニの家じゃないか」 そんなことないと否定。 「でも、すみれは出て行った。戦えなくなったから」 不安の闇。それを言葉にする。 「違う! すみれ君には帰る家があった。それに彼女はいつかは家に帰る人だったんだ。レニにとってはここだ。ここがレニの家だ。ここから出て行く必要なんてない。支配人の俺がそんなこと認めない!」 語気を荒く、強い口調で言う。 「怖いんだ、これからどうなるのかと思うと……。もう隊長の役に立てない。何も出来ない。ボクがいる理由も見つからない」 うつむくレニ。言葉がぽとぽとと床に落ちていく。 「まさか」 最後に落ちた言葉。その意味に気づく。 この部屋に来た時、窓が開いていたことを思い出す。 フントの声を聞くためだと思ったが、 「出来なかった……。隊長や、みんなと離れたくない」 震える声は涙声に変わる。 「うあーん」 抑えていた感情が溢れ出した。 涙が包帯を濡らしていく。 「レニ」 大神は強く、強くレニを抱きしめる。 「悲しいことを言わないでくれ。レニの居場所はここだ。俺の側だ。俺はいつもレニの一番近いところにいるって言っただろ? 俺はレニといたい。それではレニがいる理由にはならないかい?」 レニは大神の胸で嗚咽する。 「レニに側にいてほしい。俺にはレニが必要なんだ」 「うぅ。……ボクでいいの? ……こんなボクでいいの?」 それを聞くのすら怖い。今のレニには存在を否定されるのがたまらなく怖い。 もしも、存在を否定されたら、誰にも必要とされなかったら。 行き場所もない。生き場所がない。 心の闇はありえない方向へとその思考を向けてしまう。 「ああ。勿論だよ。いいに決まってるじゃないか」 言葉で繋ぎとめる。だけどそれだけでは、 「レニ……」 大神は迷う。目の見えないレニには酷な選択かもしれない。 だが、このままではレニは弱いまま、本当に大神に守られるだけの存在になってしまう。 「聖母を、演じてくれないか?」 今レニに必要なのは存在理由。そして強さだ。 「うぅぅ。でも……」 戸惑うレニ。 「俺にはレニ以外の聖母は考えられない。俺の演出する舞台、力を貸してくれないか?」 優しく、だが強く。 「織姫君が言っていただろ? レニなら例え目が見えなくても出来るはずだって。大変だけどやってみないか? レニなら出来るって俺も信じてるから」 「たいちょぅ……」 不安。迷い。そこへ、 「まったく夜中にぎゃあぎゃあうるさいですねー」 織姫の声。だがその言葉に険はない。 「織姫……」 レニが顔を向ける。 「ねぇレニ。聖母、やってみない?」 織姫の隣にはマリア。優しく問いかける。 「うちらがサポートするよってに」 さらに紅蘭の明るい声。 「アイリスがちゃんとテレパシーで教えてあげるよ」 頼れる友達。 「やりましょう。レニ」 包み込むように。 「あたい達がついてるぜ」 力強く。 「みんな……」 不安が解けていく。 「迷惑をかけるかもしれない。それでもいい?」 最後の不安は、 「そんなこと。私達仲間じゃない」 それで消えた。 「レニ。俺達の舞台、成功させよう」 大神が言う。 「うん。わかった。ボクやってみる」 レニが答えた。 その様子をかえでが廊下から見つめていた。 『そうね。レニは始めから、強いわけじゃなかった。恐怖という感情を知らなかったんだわ。死すら彼女は恐れていなかった』 星組時代からの記憶。それをたぐる。 『ごめんなさいレニ。私が一番わかってあげなくてはいけなかったのに』 一粒の涙が頬を伝う。 『私ももう、目をそらさないわ』 その涙を指で拭った。 |