12月18日

中庭ファンタジー



「…………っ」
「……ント」
「フント」
 誰かが呼ぶ声が聞こえて、僕は夜中に目を覚ました。
「わふ?」
 眠たい目を擦りながら、僕は小屋の外に顔を出す。
「わん」
 誰? 僕はここにいるよ。
 僕を呼んだ誰かさんにそう言って返事をするけど、辺りには誰もいなかった。
「わう?」
 おかしいなって思ったけど、良く見たらベンチに誰かが座ってたんだ。
「わん」
 誰? 僕はここにいるよ。
 もう一回同じように返事をしたんだ。そしたら誰かさん、ベンチから立ち上がってこっちにとことこ歩いてきた。
 でも、なんだかとっても小さい人みたい。
 アイリスさんより小さいよ。
「よお、フント。やっと起きたか」
 僕の目の前に来た誰かさんは、そんなことを言うとすっと手を上げて挨拶したんだ。
 でも、僕は驚いて返事ができなかった。
 だってその誰かさんはジャンポール君だったんだ!
「わんわん!」
 ジャンポール君どうして動いてるの? どうして話してるの?
「しっ! 静かにしろフント! みんなが起きちまうじゃねぇか」
 ジャンポール君はない指を立てて口元に当てる。
「わぅん……」
 それで僕は鳴くのをやめた。
「よーし、いい子だ。それじゃあ質問に答えてやろう」
「わん」
 今度は僕は小さく鳴いて、ジャンポール君にお返事した。
「いいか。実は俺は今までも時々こうして動き出していたんだ」
「わぅ!」
 ジャンポール君の告白に僕は目を丸くする。
「フントもこの帝劇の一員なら知ってるだろう。花組はみんな霊力を持っているってことを。俺の親友アイリスはその中でもかなり強い霊力を持っている」
 僕はジャンポール君の話に頷きながら耳を立てる。
「そのアイリスといつも一緒にいる俺の体には、アイリスが無意識に放出している霊力が蓄積されていくんだ。そして、それが一定量溜まった時、俺はその力を借りて動くことができるようになるって訳さ」
「わうー」
 へー。僕はもう驚きの連続だ。
「だが、動いていられるのは限られた時間だけ。一晩くらいの時間だ。誰かに見られると騒ぎになっちまうからこうして出歩くのは夜だし、ま、丁度いい頃合ってところか」
「わうん?」
 でも、なんだかジャンポール君らしくない口調だね。
 僕は最初から思ってたことを口にする。きっと他の誰かが聞いてたら、やっぱり同じこと言ったと思うな。
「ふ。俺はいつだってこういう話し方さ。俺の外見からもっと可愛らしい話し方を想像してたかもしれないが、俺にしてみればそんな勝手なイメージは迷惑ってもんだぜ」
 そんなジャンポール君がニヒルに笑った。
「ちなみに俺は最初から一言も口をきいてないんだぜ? 良く聞いてみろよ。お前は耳で俺の声を聞いているか?」
「わう!」
 そう言えば、さっきから頭に直接が響いている感じがする。耳を立てても意味なかったんだね。
「アイリスの霊力で動いている俺はテレパシーで会話するのさ。それに考えてもみろよ。ぬいぐるみの口が動いたところで声が出る訳はないだろう?」
「わぅん」
 そうか。そう言えばそうだよね。
「だからお前も心の中で思うだけでいいぜ。夜中に鳴いたら誰か起きてきちまうかもしれないしな」
「わ……」
 と、鳴こうとして僕は慌てて口を閉じた。
「うん。わかった。これでいい?」
「よーし、いい子だ」
 ジャンポール君はテレパシーでそう言うと、ない親指をビシッと立てた。
「ところでフント。ここからが本題なんだが、お前はまだレニへの誕生日プレゼント用意していないだろう」
「うん。まだなんだ。何かいい考えはないかなぁ」
「ああ、あるぜ。俺はそのために来たんだからな」
「え、そうなの? 何々? 何をプレゼントするの?」
 ジャンポール君の言葉に僕はわくわくしてそう聞いた。
「ダンスだ」
 ジャンポール君はそう言って、くるっと回って見せたんだ。
 星明りに照らされて、ジャンポール君がなんだか輝いて見えた。
「うわー。かっこいいー」
 僕は思わず感心する。ジャンポール君の蝶ネクタイもいつも以上に似合ってる気がしたよ。
「でも、僕ダンスなんて踊れないよ」
「だからさっき言っただろ? 俺はそのために来たんだって」
「え?」
「俺がお前に最高のダンスを教えてやる。そしてそれをレニの前で踊ってやるんだ」
「僕がレニさんの前で踊るの?」
「そうだ。心を込めた祝福のダンスをな」
 そう言うと、ジャンポール君はまたくるっと回ってポーズを決めた。
「でも、僕四本足だしジャンポール君みたいに上手く回れないよ」
 そのジャンポール君を見て、僕は少しうなだれた。
「心配するなフント。四本足でも踊れるダンスをちゃんと考えてきてあるのさ」
「わ! すごい!」
 今日のジャンポール君にはどこまでも驚かされる。
 こんなクマのぬいぐるみ今まで見たことがないよ。
「よし。時間がない。朝になれば俺は動けなくなってしまう。早速始めるぞ」
 ジャンポール君のない眉がきりりと上がる。
「はい! ジャンポール先生!」
 僕も元気にそう答えた。



 がんばり屋のフントは俺の指導でみるみる上達していった。
 俺は限られた時間の中で俺のすべてをフントに叩き込むつもりだった。
 フントもそれに良く答えてくれた。
 これもレニへの想いの強さからだろうか。
 アイリスがレニにフントのぬいぐるみを贈ると言っていた。
 フントがダンスを踊って見せれば、アイリスのプレゼントも引き立つってもんだ。
 それに、俺はぬいぐるみだ。レニに直接プレゼントを渡すことはできない。
 だから、フントに託すことにしたんだ。
 フントを利用するみたいで少し悪い気もするが、許してくれよな……。
 レニ。あの日俺を受け止めてくれた時から俺は……。



「…………っ」
「……ント」
「フント」
 誰かが呼ぶ声が聞こえて、僕は目を覚ました。
「わふ?」
 眠たい目を擦りながら、僕は小屋の外に顔を出す。
「フント? 今日はどうしたんだい? いつもならとっくに起きてる時間なのに。どこか具合でも悪いのかい?」
 小屋から出た僕の顔を、心配そうな顔をしたレニさんが覗き込んだ。
「わんわん!」
 そんなことないよ。僕とっても元気だよ。
「ふふ。そう。良かった」
 レニさんはそれで安心した顔になって、僕の頭をごしごし撫でてくれたんだ。
 ほんとはダンスの練習で明け方まで起きていたから、今朝はとっても眠たいけど、それはレニさんには内緒だよ。
 その代わり、誕生日になったら素敵なダンスを踊ってみせるからね。
 あれ。でも、ジャンポール君どこに行ったんだろう? ちゃんとアイリスさんのお部屋に戻れたかな?
「あれ?」
 僕がそう思った時、レニさんが何かを見つけたんだ。
「ジャンポールじゃない。どうしてフントの小屋にいるの?」
 うっかり気がつかなかったけど、ジャンポール君はそこにいた。
 僕の隣にいたんだね。
「わんわん」
 ジャンポール君おはよう。
 僕はジャンポール君に挨拶したけど、返事は返ってこなかった。
 ああ、そうか。朝が来たからジャンポール君はもう動けなくなっちゃったんだ。
 僕はちょっぴり寂しくなった。
 ジャンポール君は動けなくなるぎりぎりまで僕にダンスを教えてくれてたんだ。
 レッスンが終わるとすぐに疲れて寝ちゃったから、僕それに気がつかないでいた。
 ごめんねジャンポール君。それからありがとう。
「ジャンポールって時々実は動けるんじゃないかって思うよね」
 レニさんは独り言を言うとふふって笑う。
 すごいよレニさん。それ正解。
 ジャンポール君はほんとは動けるしお話もできるんだ。
「わぅ」
 あ、でも、これは内緒にしておいた方がいいよね。
 僕は慌てて口を閉じたよ。
「どうしたの?」
 って、レニさんが聞くけど、
「わううん」
 なんでもないよって首を振った。
「おいでジャンポール。アイリスのところに連れてってあげるね」
 それからレニさんはそう言って、ジャンポール君を抱け上げる。
 レニさんの腕にすっぽり収まると、ジャンポール君は僕を見下ろした。
 そのジャンポール君の顔が、僕にはちょっぴり赤くなったように見えたんだ。
 その時僕は気がついたんだ。
 ジャンポール君も僕と同じ。レニさんのことが好きなんだって。
 ジャンポール君も本当は、レニさんのために踊りたいんっだって。
「わんわん!」
 僕はレニさんの腕の中のジャンポール君に言ったんだ。
 僕ちゃんと踊るから。
 レニさんの前で踊るから。
 ジャンポール君の分も踊るから、って。



補注とか