12月17日

アイリスの災難



「フンン〜♪」
 アイリスはなんだか楽しくなって鼻歌を歌いながら廊下を歩いてたの。
「あら〜? アイリスどうしたですかー? ごきげんですねー」
 そしたらそう声をかけられて、アイリスは振り返った。
「へへ〜。レニの誕生日プレゼント買ってきたんだ〜」
 アイリスは笑うと、手に持っている袋を織姫に見せた。
「えー、そうなんですかー? わたしまだなんにする決まらないでーす」
 そしたら織姫は、羨ましそうな困ったような顔でアイリスにそう言った。
「アイリス何にしたんですかー?」
 それから織姫はアイリスの持ってる袋を見ながら聞いてきた。
「あのねー、フントにそーっくりなぬいぐるみ見つけたのー」
 だからアイリス織姫に教えてあげたんだ。
「ぬいぐるみですかー。アイリスぬいぐるみ好きですねー」
「うん。去年は熊のぬいぐるみにしたから、今年はフントなの」
「そんなに似てるですか?」
 織姫は少し首をかしげた。
「うん! すっごく可愛くて、さわり心地もとっても気持ちいいんだよ。まるで本物のフントみたい!」
 それにアイリスはそうやって説明する。
「えー、そんなにですかー? それちょっと見せてくれませんかー?」
 そしたら織姫はびっくりした顔をしてそう言ったんだ。
「えーダメだよー。レニに一番に見てもらうんだからー」
 でもアイリスはそう言って、袋をぎゅっと抱きしめた。
「ちぇー残念でーす。じゃあアイリスが渡したらレニに見せてもらうでーす」
 織姫はがっかりした顔をしてそう言った。
 織姫には悪いけど仕方ないよね。
 でもレニ、きっとすごく喜ぶよ。
 アイリス、このぬいぐるみを受け取った時のレニの顔を思い浮かべると、今からこれを渡すのが楽しみでしょうがないよ。



 夜遅くまでお稽古は続いて、やっとアイリス達は楽屋に戻ってきた。
 楽屋にはアイリスの他にさくらとマリア、それから織姫がいる。
「あーもーむちゃくちゃ疲れたでーす」
 織姫は畳の上に足を投げ出すと、ホントに疲れた顔をした。
 舞台の上にいる時はそんな顔絶対見せないから、なんだかその違いがアイリスは面白かった。
「織姫さんお行儀悪いですよ」
 そんな織姫にさくらが言うと、
「すみれさんみたいなこと言わないでくださーい」
 織姫はそう答えた。
「ふふふ。でも、いよいよ後一週間ね。セットが完成するともうすぐなんだなって気になるわ」
 マリアの言うとおり、今日舞台に完成したセットが設置された。
 午前中はそのおかげでお稽古ができなくて、アイリスはレニのプレゼントを買いに行くことができたんだ。
 アイリス達はお稽古が終わって楽屋に戻ってきたけど、レニとお兄ちゃんはセットに合わせた動きを考えるんだってまだ難しい顔でお話ししてた。
 紅蘭も舞台装置の点検をしてて、カンナはそれを手伝うんだって。
「後一週間といえば、さくらさんとマリアさんはレニの誕生日プレゼントもう用意したですかー?」
 急に思い出したみたいに、織姫がさくらとマリアに聞く。
「ええ。今日、午前中の空いた時間に買ってきたわ」
「え! 何にしたですかー? わたしまだ決まらなくて困ってるでーす」
「香水よ」
「おう。香水ですかー。それもいいですねー」
 マリアは香水にするんだって。マリアもいつもいい匂いをさせてるもんね。
「さくらさんは何にするですか?」
「あたしですか? あたしは手編みのぬいぐるみを作ったんです」
「え」
 さくらの言葉にアイリスは小さく声を上げた。
 でも、小さかったから誰もそれに気がつかなかったみたい。
「手編みの?」
 マリアがさくらに聞きなおす。
「ええ。白い毛糸を編んでフントのぬいぐるみを作ったんですよ」
「え、フントですか?」
「ああ。あみぐるみね」
 織姫が少し驚いた顔をして、マリアは優しく笑った。
「そうなんです。これが意外と上手にできたんですよ。もうほんとにフントそっくりなんです」
「そんなに似ているの?」
「ええ、もう見たらびっくりしますよ。さわり心地もとっても気持ちいいんですから」
「そうなの」
「まるで本物のフントみたいですよ。これを渡した時のレニの顔が楽しみです」
 さくらは最後にそう言って、楽しそうに笑った。
「うっ」
 アイリスはさくらの話を聞いてたら、なんだか急に悲しくなってきた。
「う、う、うわーん!」
 悲しくてなってきたら自然に涙が溢れてきたの。
「アイリス」
 織姫が困ったようにアイリスの名前を呼ぶ。
「アイリス?」
「アイリス、どうしたの?」
 さくらとマリアは不思議そうな顔でアイリスを見てた。
「アイリス、アイリス……」
 アイリス何か言いたかったけど、言葉にはならなかった。
「なんでもないもん!」
 だからアイリスそう言って、楽屋から走って逃げ出したの。
「あ、アイリス待って!」
「アイリス!」
 後ろでさくらとマリアの声が聞こえたけどアイリス止まらなかった。
 二人はきっとアイリスを追いかけようと立ち上がったんだと思う。
「待ってください!」
 アイリスが廊下に出たところで、織姫が二人を呼び止める声が聞こえた。



「やっと見つけたでーす」
 そう声が聞こえて、織姫が屋根裏部屋に上がってきた。
「織姫……」
 アイリスは膝を抱えたまま近づいてくる織姫を見上げた。
「よっと」
 織姫はそんな声を上げてアイリスの隣に座る。
「…………」
 それから何も言わないで、ただアイリスの隣で同じように膝を抱えた。
 ほんとにすぐ隣に座ったから、アイリスの体に織姫はぴったりくっついて、アイリスは少し温かくなった。
「…………」
 それからも織姫はずっと黙ったままで、時々アイリスの顔を見て笑うだけだった。
「さくらもフントのぬいぐるみをあげるんだって……」
 しばらくして、アイリスはぽつりとつぶやいた。
「そう言ってましたねー」
 すぐに織姫はそう言って、またアイリスに笑いかける。
「……手作りなんだって。それにそっくりなんだって言ってた」
「アイリスのもそっくりなんでしょー?」
「でも、レニだって買ってきたのより手作りの方が嬉しいよ。それに、アイリスのよりさくらのぬいぐるみの方が良く似てたら、レニだってアイリスのぬいぐるみなんてもらっても喜ばないよ」
 アイリスはそう言うと、抱えてる膝に顔をうずめた。
 思っていたことを言葉にしたら、また悲しくなって涙が出てきたから。
「そうでしょうか?」
 でも、織姫はそんなことを言ったんだ。
「手作りとか買ってきたとか、似ているとか似ていないとか。そんなこと関係ないと思いますよ」
 ちょっぴり笑顔でちょっぴり真面目に、織姫はアイリスの顔を見る。
 アイリスも膝から顔を上げて、織姫の顔を見つめた。
「アイリスはレニのことが好きですかー?」
 どうしてそんなことを聞くのかなって思う前に、
「うん。好き」
 アイリスはお返事してた。
「じゃあ、レニはアイリスのことどう思ってるでしょうね?」
「え」
 それにはアイリスはすぐにお返事できなかった。
 でも、ちょっと考えてから言ったの。
「レニもアイリスのこと好きだと思う。だって、アイリスとレニはお友達だもん。一緒にいると楽しいし、レニいつもアイリスに笑ってくれるよ」
「そうですか。だったらアイリスは泣くことなんてないです」
 織姫はまたアイリスに笑顔を見せた。
 アイリスは織姫が何を言ってるのかわからなくて、じっと織姫を見つめた。
「アイリスもレニに誕生日プレゼントもらったでしょー? 嬉しくなかったですか?」
 そしたら今度はそう聞いてくる。
「嬉しかった」
 アイリスは正直に答える。
「それはどうしてですか?」
 首をかしげて織姫。
「だって、レニからのプレゼントだもん」
「そうでしょー? だったら今度だってアイリスのプレゼント、レニは喜んでくれると思いますよ?」
 織姫はまた笑顔だ。
「でも、さくらのは手作りだし、それにさくらのぬいぐるみの方が良く似てたら――」
「そんなことは関係ないです」
 アイリスの言葉を織姫がさえぎる。
「アイリスのプレゼントだからレニは嬉しいんです。アイリスのこと好きだからレニは喜ぶんです」
「でも……」
「不安なのはわかります。けど、気にすることなんて一つもないんです。アイリスがお祝いしてくれる気持ちが、レニには一番嬉しいんですから」
 やっぱり織姫は笑顔で、でも、今までで一番優しい笑顔だった。
「……ほんとに?」
 まだちょっぴり自信がないけど、織姫の笑顔を見てたら、織姫の言うことが信じられる気がした。
「賭けてもいいでーすよ」
 今度は悪戯っぽく織姫は笑った。



 織姫はアイリスを屋根裏部屋からお部屋まで送ってくれた。
 織姫はずっとアイリスと手をつないでくれて、アイリスはすごく安心した気持ちになれたんだ。
「アイリス。楽屋から飛び出していく前、さくらさんに何か言おうとしてやめたでしょ?」
 その途中で、織姫がそう聞いてきた。
「さくらさんがフントのぬいぐるみをプレゼントするって聞いて、どうしてさくらさんも同じものって思ったんじゃないですか?」
「……うん」
 アイリスあの時ちょっとだけ、さくらがにくらしくなったの。
 織姫が言ったみたいにどうして同じものって思ったから。
「でも、何も言いませんでしたねー」
 織姫の手から優しい気持ちが伝わってくる。
「だって、さくらが悪い訳じゃないもん」
 その織姫にアイリスはそう答えた。
「そういう気持ち。大切だと思いますよ」
 今日何度目かの優しい笑顔。
 それにはアイリスは何も言わずに、ただ頷いた。
 もうレニは戻ってきてるかな?
 レニの部屋の前を通った時、アイリスはふとそう思った。



補注とか