12月15日

紐育にて



 LLT(リトルリップシアター)。作戦指令室。
「わかった。じゃあ、そういうことで」
 大型キネマトロンの画面に映し出された彼が返事をする。
 それから、一拍置いた後再び口を開く。
「ところで新次郎はしっかりやっているかい?」
 その表情が帝国華撃団総司令のものから、甥っ子を気にかける叔父のものに変わった。
「ええ。流石は大神さんの血筋というところかしら。色々がんばっているみたい」
 言って、私は少しの笑みを漏らす。
「?」
 その私の微笑みが含みのあるものに思えたのか、大神さんが画面の中でかすかに首をかしげた。
「隊長、いる?」
 その大神さんの後ろでドアが開き、誰かが入ってくるのが画面の端に見える。
「あ、通信中? ごめん、後にするよ」
 その人物がそう言うと、
「いや、もう終わるところだから構わないよ。今はラチェットと世間話さ」
 振り向いて大神さんが答えた。
「そう」
 それで安心して彼女は部屋に入ってくる。
「ハイ。元気? レニ」
 私は画面越しに彼女に話しかける。
「やあ、ラチェット。うん。元気にしている。ラチェットはどう?」
 レニは椅子に座る大神さんの斜め後ろに立つと、彼の肩越しに笑顔を見せた。
「ええ。調子良いわ。昴も元気よ」
「そう。良かった。織姫もみんなも元気にやっている」
 微笑んだままにレニ。
「そうだわ、レニ。誕生日には何かプレゼントを贈るわね。何か欲しい物ある?」
 私はクリスマスイブが彼女の誕生日であることを思い出すと、不意にそう聞いていた。
「え、いいよ。プレゼントなんて……。わざわざ紐育から送ってくれなくても」
 少し驚いた表情をレニが見せる。
「あら、私の誕生日にはバースデーカード贈ってくれたじゃない。お返しさせてくれない?」
「え、う、うん……」
 少し困った顔。
「貰っておきなよレニ。プレゼントは贈る方も楽しいんだからさ」
 そのレニに大神さんがそう声をかけた。
「うん。わかった」
 それでレニは笑顔になると、
「でも、今は特に欲しいものはないからなんでもいい」
 そう言った。
「OK。じゃあ私にまかせてちょうだい。楽しみにしておいてね」
「うん。ありがとうラチェット」

 通信を切ると、私はそのまま作戦指令室でレニへのプレゼントを何にしようかと思案する。
「今のレニには何がいいかしら……」
 と、ふとそれが目にとまった。
『ところでもうバレエは踊らないのですか?』
『そうだね。……ボクもまた踊りたいと思う。機会があれば、かな』
 一週間近く遅れて届く帝都日報の記事。
 少々遅れ気味の情報だけど、各国の新聞がこのLLTにも届けられている。
 そこでレニはそう答えていた。
「バレエか……」
 そうつぶやくと、欧州星組時代を思い出した。
 レニと踊った白鳥の湖。
 私が王子ジークフリートでレニがオデット姫。
 星組の解散で公演は行われなかったけれど、私にとっては思い出深い舞台だ。
「そうね。私もまた踊ってみたいわ」
 私はそんなことをつぶやいていた。
 ガシュー。
 と、ドアの開く音が聞こえる。
「昴」
 そのドアの方を見ると、昴の姿があった。
「どうしたの?」
「昴は新次郎を探している」
 私の問いに昴はいつもの調子でそう答えた。
「新次郎? ここには来ていないわよ」
「そう」
 それなら用はないとばかりに、昴はそのまま踵を返す。
「あ、ちょっと待って昴」
 その昴を呼び止める。
「何?」
 昴は振り返ると私をじっと見つめた。
「覚えてる? もうすぐレニの誕生日よね」
「それで?」
 覚えているのかいないのか素っ気ない返事。
「何かプレゼントを贈ろうと思うんだけど、あなたも贈ってあげたら?」
「……僕が?」
 意外なことを言われたような顔。
「あなた春にレニから手紙をもらったって言ってたけど、返事書いてないんでしょう? その返事がてらバースデーカードでも出してあげたら?」
「…………」
 と、珍しく昴が考え込む。
 私は昴をじっと見つめると微笑んで見せた。
 昴はその私の視線から目をそらすように、ふと視線を私の目の前に置かれている帝都日報へと移す。
 そこに写るレニをじっと見つめる昴。
「昴はいつからレニに会っていないんだったかしら?」
「3年」
「そうそう。最後は確か、アイゼンクライトIII型の開発が完了した時だったわね」
 だから、昴は今のレニを知らない。
「昴にも会わせてあげたいわ。今のレニに」
 素直な気持ちだ。
「今のレニ……?」
 昴は怪訝な表情で私を見る。
「レニはずいぶん変わったわ。可愛く笑うようになったでしょ?」
 言って、帝都日報を目で指した。
「大切な人ができたからかしら」
 それからそう付け足して私は微笑した。
「…………」
 それには昴は無言で、また帝都日報の中で笑うレニをじっと見つめた。
「無理にとは言わないけど、昴も何か贈るなら一緒に送るから言ってちょうだい。東京に送るとなると1週間は見ておかないといけないから、よろしくね」
 それで昴はまた私に視線を向けると、
「昴は考えている」
 それだけ言って背を向けた。
「今思うと、意外と似た者同士の集まりだった気がするわ。みんな不器用で、自分の居場所を探していた……」
 昴が出て行った後、かつての仲間を懐かしく思い出し、一人微笑んだ。



 私はレニへのプレゼントを買い終えるとLLTへの帰路を急いでいた。
 紐育の冬は寒い。
 こうして街へ出るのも億劫になるくらいに。
 だけど、街を彩るクリスマスの飾り付けやイルミネーション、買い物を楽しむ人達の笑顔。それが見られるのだから、街を歩くのは嫌いではない。
 この街の平和を私達紐育華撃団は守っているのだ。
「あら」
 その街を行く幸せそうな人達の中に、私は見知った顔を見つけた。
 新次郎。それに、昴だった。
 二人も買い物帰りなのか、昴が紙袋を下げていた。
 新次郎が気を利かせてその紙袋を持とうと言っているのか、手を差し出している。
 それを昴は遠慮しているようだった。
 それでも新次郎が「いいからいいから」とでも言っているのだろう、昴の手から強引に紙袋を取ろうとする。
 新次郎が紙袋の紐を掴むと、昴は紙袋を持つ手とは逆の手で新次郎の手を掴んだ。
 そこで、二人は一瞬固まってしまう。
 それから二人は見つめあうと、すぐに視線をそらし、ぱっと互いの手を離した。
「ごめん」
 と、昴の唇が動く。
 その後、小さく頭を下げた。
「いや、僕の方こそ」
 きっとそう言ったのだろう。
 新次郎も同じように頭を下げる。
 それから二人は見つめあうと、互いに照れた風の顔で笑いあった。
「ふふ」
 私は思わず微笑まずにはいられなかった。
 なんて初々しい二人なんだろう。
 レニだけでなく、昴もいつの間にかこんな風に笑うようになっていたなんて。
『流石は大神さんの血筋というところかしら』 
 大神さんに言った言葉を、私は思い出していた。
「少し妬けるわね」
 それからそんなことをつぶやいた。
 ヒュー。
 不意にそんな音が聞こえたかと思うと、
 ドカーン。
 続いて爆音が轟いた。
「きゃー!」
「わー!」
 幸せそうに街を歩いていた人達が一斉に悲鳴を上げる。
「新次郎! 昴!」
 私は砲撃が行われた方向を確認しつつ二人に駆け寄った。
「ラチェット隊長!」
 新次郎の叫びと同時に敵の姿を確認する。
 この街を脅かす敵がそこに現れた。
「来る!」
 昴の声と同時に、2発目の砲撃が発射される。
「散って!」
 私の合図で全員がその場から散開する。
 しかし、今度の砲撃は先ほどよりも強力なものだった。
 私は爆風で吹き飛ばされ、レニへのプレゼントが入った箱も吹き飛んでしまう。
 新次郎と昴も爆風に煽られ、同じように昴が持っていた紙袋がズタズタになる。
「プレゼントが!」
 私と昴が同時に声を上げた。
 次の瞬間、私達は敵の姿を睨みつけていた。



 戦闘は今までにないほどあっけなく終了した。
 今回の敵の敗因の一つは私達を怒らせたことだろう。
 新次郎に言わせると、私や昴がこんなに怒ったのを見たのは初めてだそうだ。
 スターでの戦闘終了後、私はプレゼントを探しに現場に戻ってきた。
 そこでプレゼントの残骸を見つけたが、やはりすでに使い物になる代物ではなかった。
 私がレニに選んだプレゼントはポワント(トウシューズ)。
 運が良いのか悪いのか、左側は爆発の影響で破れてしまっていたが、右側は傷つくこともなく汚れてもいなかった。
 上手い具合に何かに守られる形になったのだろう。
「右だけあっても仕方ないわよね」
 それをつまみ上げ、私はため息をついた。
「ラチェット」
 その私に、そう声がかかる。
「昴」
 昴も吹き飛ばされた自分の荷物を拾いに来ていたのだ。
「これ」
 と、昴が私にその手に持つ物を差し出してきた。
「これ……。あなたも?」
「うん」
 昴が差し出したのは左側のポワント。
 昴も同じようにレニへのプレゼントにポワントを選び、そして同じように片方だけダメになったらしい。
 だが、私のポワントとは違い、左側が残っていた。
「ラチェットと僕の、一緒にしたらだめかな?」
 昴が小さく首をかしげた。
「ふふ。そうね。いいアイデアだわ」
 私は昴のアイデアに賛成する。
「じゃあ、帰って綺麗な箱を用意しないとね」
「うん。ラッピングは僕がする」
「ええ、お願いするわ」
 私と昴はそう言うと笑い合い、LLTへと向かって歩き出した。
 昴がどうしてレニにプレゼントを贈る気になったのか。
 ふとそんなことを思ったが、答えは簡単なことだ。レニが昴に手紙を送ったのと同じに。
 もう、自分のことしか考えていなかったあの頃とは違うのだ。
 私達は今になって、ようやく本当の仲間になれた気がする。



補注とか