12月14日

カンナのレシピ



「ふー腹減ったー。軽くなんか作るかー」
 稽古が終わった後、時計を見ると22時を回っていた。
 晩メシはきちんと食ったが、きつい稽古の後なのであたいの腹はもうペコペコだ。
「寝る前にあんまり食べると太りますよ」
 そんなあたいにさくらからそう声がかかった。
「でも、稽古の後はちょっちお腹空くでーす」
 織姫がその後に続く。
「だろー? 織姫も一緒にどうだい?」
 織姫を誘う。
「あー、それは遠慮しておきまーす。部屋にビスケットがありますから、それでも食べるです。カンナさんみたいにたくさん食べてたらそれこそ太ってしまいまーす」
 が、断られてしまった。
「そうかい。じゃあ今度そのビスケットあたいにも食べさせてくれよな」
 それにそう冗談を言うと、聞いていたさくらと三人で声を出して笑った。
 あたいとみんなとじゃ食う量が違う。
 稽古の後、小腹が空いたと言っても、他のみんなは料理してまで食べようって気にはならないらしい。
「カンナ、俺の分も何か頼むよ。夕飯抜きだったんだ。後で食堂に行くから」
 と、隊長から声がかかった。
「あいよー。それじゃあ隊長の分大盛にしておくよ」
 それにあたいはそう返事をする。
 それで厨房に行こうと歩き出したところで、
「カンナ。ボクもいい?」
 今度は背中にそう声がかかる。
 その声に振り向くと、レニがあたいを見上げていた。
「ああいいぜ。レニも腹減ってんのか?」
「うん。ボクも夕飯抜きだったから」
「そういえば、あたい達が晩メシ食いに行く時、まだ隊長と二人で残ってたな」
 あたいはそれを思い出して聞いた。
「うん。隊長が聖母の動きで気になるところがあるからって」
「それでメシ抜きかい。隊長、いやに熱心だな」
「一生懸命なのはいいこと」
「違ぇねぇや。で、何が食べたいんだい? 作っといてやるよ」
「ううん。ボクも一緒に作りたいと思って」



 時々レニと一緒に料理をすることがある。
 きっかけはこの春巴里華撃団が来た時のことだ。
 エリカが気に入ったという茶碗蒸しの作り方を、花火に教えることになった。
 エリカの好物なんだからエリカに教えようと思ったんだけど、それを言ったら隊長が苦笑いをしたから、花火に覚えてもらうことにした。
 花火も仏蘭西が長いから茶碗蒸しの作り方を知らないらしく、自分も覚えたいからって快く引き受けた。子供の頃、まだ日本にいた時に食べた記憶はあるらしかった。
 それを聞きつけたコクリコが自分も覚えたいと、たまたまその時一緒にいたレニを引っ張ってきて、一応エリカも入れて四人に教えることになった。
 結果、レニの茶碗蒸しは微妙な味付けになった。
 やっぱり日本人だからか花火が作ったのはおいしく出来、コクリコが作ったのも悪くなかった。
 エリカのは味だけじゃなく見た目からしてなんだかわからないものになったけど、当のエリカはけろっとして「やっぱり花火さんに覚えてもらって良かったですねー」なんて人事みたいに笑っていた。
 うまく作れなかったレニは、エリカみたいにあっけらかんともなれない性格だし、少し気落ちしたみたいで、コクリコが気にしていた。
 しばらくするとレニはまた笑顔を見せていたので、きっとコクリコがうまく言ってくれたんだろう。
 それから、レニはたまにあたいやマリアやさくらなんかに、料理を教わるようになった。



「何を作るの?」
「うーん。そうだなぁ。隊長もすぐに来るって言ってたし、野菜炒めでも作るか」
「うん」
「じゃあ、フライパン温めといてくれよ」
「了解」
 と、レニがコンロに火をつけてフライパンに油を引く。
 あたいは厨房をごそごそと探って、モヤシにキャベツ、豚肉も見つけたのでそれも使うことにする。
 調味料も用意して、レニの側に戻った。
「どうする? レニが全部やるかい?」
 と、レニに聞くと、
「うん。やってみる」
 そう返ってきた。
 あの頃と比べると、レニの料理の腕はずいぶん上がっていた。
 あたい達花組は普段食堂で飯を食うから、自分で作る機会があんまりない。
 そのせいでレニが料理を覚える機会も少ないけど、元々覚えがいい方だし器用なので、上達は早いんだ。
 むしろレニの包丁さばきやフライパンの扱いなんかは、もうあたいやさくらと同じぐらいの腕前だと思う。
 ただ、味付けがいつもいまいちなんだ。
『栄養が摂取できれば味は関係ない』
 ずいぶん前に熱海に行った時にレニがそんなことを言ってるのを聞いたっけ。
 レニの味付けがいまいちなのは、きっとその辺が原因だ。
 味に対する感覚がちょっと人とずれちまってて、うまい物とまずい物の差がレニの中にはあまりないのかもしれねぇ。
 うまい物の基準がない分、自分の料理がうまいかどうかの判断もできてないのかもな。
 多分レニが料理上手になるために必要なことは、うまい物をたくさん食べてその味を覚えることと、作った料理を食べてもらって正直に感想を言ってもらうことだとあたいは思うね。
 今年のレニの誕生日。あたいのプレゼントはあたい特製のレシピ集だ。
 こいつに書かれてる料理をじゃんじゃん作って隊長に食べてもらえばいいんだけどな。
「そろそろいいんじゃねぇか?」
 最初に入れた豚肉に火が通ってきたので、後ろからレニに声をかける。
 この辺の判断もまだ難しいらしい。
「了解」
 レニは返事をすると、今度は野菜をフライパンに放り込んだ。
 綺麗に切られた野菜達が、フライパンの中で踊ってるみてぇに跳ね上がる。
 ここだけ見てるとレニが料理下手なんて誰も思わねぇだろうぜ。
 それから塩、こしょうを一振り二振り三振り四振り……。
「って、おいレニ。ちょっと振りすぎだぞ!」
 あたいは慌てて叫ぶ。
「え?」
 と、レニはきょとんとした顔で振り返った。
「あ、多すぎたかな……?」
 今度は少し戸惑ったような顔。
「ちょ、ちょっとな」
 あたいは思わず苦笑いするが、
「隊長には少し辛い方がいいかと思って……」
 レニはそんなことを言った。
「え」
 と、今度はあたいがきょとんとする。
「へへ」
 それから、なるほどと思った。
 確かに隊長はどちらかというと辛い味付けが好みだ。
 いつだったか、あたいの作った沖縄の料理を食べた時も、辛いと言いながらもうまいうまいって食べてたっけ。
 へへ。レニが隊長の好みに気づいてたとはね。
「そうだけどよ。ちょっと多すぎたかもしれねぇな」
 あたいは笑顔でそう言っていた。
「そ、そう……」
 と、レニは少し落ち込んでしまう。
「だけど気にするほどじゃねぇよ。食えないことはないし」
 そのレニに笑顔でそう言うと、
「そう? それなら大丈夫かな?」
 ぱっと明るくなった。
「ああ。きっと隊長全部たいらげるぜ」
 言って、あたいはウインクする。
 あたい特製のレシピ集。少し書き直さないといけねぇな。
 全部の料理、ちょっと辛目の味付けになるように。
 これからレニは、料理がすごく上手になるぜ。
 今まで基準のなかったレニの舌に、隊長っていう基準ができたんだから。
 他のやつにはどうだかしれないが、少なくとも隊長には最高の料理を作るようになるだろうよ。
 隊長好みの味付けのな。



補注とか