12月11日

戦闘



「とりゃあぁぁぁー!」
 スピーカーからカンナの気合が大音量で聞こえてくる。
 モニターにはカンナ機の拳が降魔の腹部に叩き込まれるのが映った。
 拳に装着されている鉤爪型のギミックが内臓にまで届き、血液ともとれぬ液体を流しながら降魔はその場に崩れ落ちた。
 カンナ機はすぐさま振り返り、背後に迫っている別の降魔に向き直った。



 銀座に現れた降魔。
 帝都ある限り現れ続けるこの魔物を迎え撃つために、我々帝国華撃団はすぐさま対応に当たった。
 屋外の市民はすでに月組の誘導で最寄の店舗や施設に非難している。
 もちろん、隠密行動を常とする月組がその正体を明かすことはない。
 自らが市民に成りすまし率先して行動することにより、他の市民を先導するというやり方だ。
 その行動は迅速で、花組が現場に到着する頃には避難は完全に完了。
 これにより花組がすぐさま戦闘行動を開始でき、建物などへの注意は必要になるが、逃げ惑う市民を気にする必要はない。
 戦っているのは何も花組だけではない。
 様々な人間の協力があって平和は守られている。
 かくいう私、藤枝かえでも、ここ作戦指令室から戦況を見守っていた。



 カンナ機の攻撃でダメージを負った降魔が、翼を広げて飛び上がろうとしてるのがモニターに映った。
「ちぃ!」
 と、通信回線を通したカンナの声がスピーカーから聞こえる。
 すんでのところでカンナ機の手は届かず、降魔は空へと舞い上がった。
「それ〜」
 が、そんな声と共に、舞い上がった降魔の頭上すぐ、金色の機体が姿を現す。
「えーい」
 テレポーテーションしたアイリスの光武が、そのまま位置エネルギーを利用して、降魔の頭頂部にキックをお見舞い。
 それで降魔は目を回し、再び地上へと落下する。
 ここぞとばかりにカンナ機がその真下に移動して、落ちてくる降魔に連続してパンチを繰り出した。
 それが決定打となって、降魔は動かなくなった。
「サンキュー、アイリス」
「あは。やったね」
 二人の声が聞こえてきた。



 モニターに三体の降魔に追われている紅蘭機の姿が映る。
 追われているというよりは、距離を取っているのだろうか。別のモニターに映るコックピット内の紅蘭に、焦りの表情はない。
 花組一の重装備を積んでいるというのに、蒸気ホバーは快調に地を滑り、降魔を引き離していた。
「そろそろいいやろ」
 と、紅蘭のつぶやきが聞こえてきたかと思うと、紅蘭機は急停止する。
 無防備な背中を降魔に晒すことになるが、十分に距離を取ったため降魔の爪が届くはずもない。
 その遠く離れた降魔に向けて、紅蘭機の16基の蒸気ランチャーが火を噴いた。
「ほいっ!」
 振り向きもせずそのまま打ち出されたミサイルは、それでも確実に降魔に向かって飛んでいく。ミサイルに搭載されている霊力検知式の誘導装置がその理由だ。
 ミサイルの軌跡を確認するために、紅蘭機がゆっくりと振り返る。
 蒸気推進のミサイルを目で追う紅蘭は、わくわくした表情を浮かべていた。
「あらら」
 その表情が変わったかと思うと、ミサイルのいくつかがあらぬ方向に向かう。
 ミサイルの行く方向には織姫機が数体の降魔と戦っていた。
 が、織姫が降魔を攻撃する前に、紅蘭のミサイルが命中。不意の攻撃を受けた降魔は次々とその場に倒れた。
「ちょっと、どういうつもりですかー!? わたしの獲物横取りしないでくださーい!」
 いきなり戦う相手を失った織姫が紅蘭を責める。
「すんまへん。霊力検知の感度を上げるのには成功したみたいやけど、感度が良すぎて目標を外れてしまうんは問題やね。再考の余地ありや」
 コックピットの中の紅蘭が難しい顔をした。
「余地ありすぎでーす!」
 爆発寸前まで高めた霊力をぶつける相手をなくし、フラストレーションまで高めてしまった織姫。そこへ、本来紅蘭のミサイルが向かうはずだった降魔が姿を現した。
「飛んだ気でいるカブト虫とはこのことでーす」
 すでに原形を留めていない間違った諺を口にし、織姫がフラストレーションをぶつける相手を見つけた。
「はっ!」
 気合の声と共に、だが、あくまで優雅な動きで、指先に集中した霊力を一気に放出する。
「ま、結果オーライっちゅーやつですな」
 織姫のビームに貫かれる降魔に、紅蘭がつぶやいた。



 バシューン。
 マリア機の20mm狙撃ライフルが、降魔の羽に大穴を開ける。
 舞い上がろうとした降魔はそれを阻まれ、駆け寄ったさくら機の素早い太刀に切り裂かれた。
 さくら機は返す刀で別の降魔に斬りかかり、降魔はその刃をその爪で受け止める。
 がら空きになったさくら機の背中に、また別の降魔が襲いかかろうとするが、
 ダダダダダッ。
 マリア機の右手にユニット化された機関銃がその体を打ち抜いた。
 ほぼ同時にさくら機も降魔の爪を弾き飛ばし、その勢いのまま袈裟懸けに斬り捨てる。
 内からさくら、外からマリア。
 花組の中でも絶妙といえるコンビネーションを見せる二人に死角はなかった。
 互いに援護しあい、安心して背中を任せられる絶対の信頼関係。
「逃がすか」
 一体の降魔が逃走しているのに気がつく。
 さくら機が後を追いかけるが、気がつくのが遅かった。
 降魔は交差点の角を曲がり、狙撃ライフルで狙っていたマリア機からは死角になる。
 さくら機は交差点の角まで追いかけたが、降魔との距離はさくら機の機動力では追いつけないほど離れてしまっていた。
 私はモニターを見ながら、その降魔に一番近い機体を探し応援を要請しようとするが、
「マリアさん! あたしに!」
 スピーカーからさくらの声が聞こえてきた。
 さくらに考えがあるのかと、応援要請を少し待つ。
「わかったわ」
 マリアの冷静な声の後、マリア機が狙撃ライフルをさくら機に向けた。
 バシューン。
 次の瞬間、ライフルの引き金は引かれ、20mm霊子水晶弾がさくら機を襲う。
 私は思わず息を飲むが、モニターに映るさくらの顔に不安や恐怖は浮かんでいない。代わりに凛とした瞳が輝き、目の前を見据えていた。
 さくら機の太刀、その切っ先がわずかに動く。
 キンッ!
 何かを弾いたような音が小さく聞こえた。
 さらにその後には、逃走した降魔が転倒。動かなくなった。
「やりました!」
 さくらが嬉々とした声を上げる。
 モニターに映るマリアが微笑みを浮かべた。
 マリア機の放った銃弾。それをさくら機の太刀で弾くことで方向を変え、降魔に命中させた。
 やはりこの二人に死角はないようだ。



 さくらとマリア同様、絶妙のコンビネーションで大神君とレニの機体が、降魔を薙ぎ倒していく。
 大神機が斬り、レニ機が突く。
 大神機の二本の大太刀は、単純にその攻撃力を二倍にする。
 レニ機のシュトゥームランスは蒸気ノズルを利用して、高速の突きを繰り出すことが可能だ。
 二人の周りにはすでに降魔は残り一体。それも、もうすぐ決着がつきそうだ。
「かえでさん。戦況はどうなっていますか?」
 大太刀を振るいながら、大神君が通信してきた。
「残りの降魔は四体。それぞれ交戦中よ。あ、今織姫が一体倒したわ。残り三体ね」
「では、夢組に通達してください。戦闘終了次第、浄化作業を開始。それから――」
 戦闘中ながら、大神君は指示を続ける。
 司令というポジションに着いても、花組隊長を兼任し、前線で戦う大神君。
 不思議とその場所にいた方が全体を見通せるのか、戦いながらもその指示はいつも的確だった。
「了解」
 すべての指示を聞き終わると、私は司令にそう答えた。
 と、モニターの端に小さく動く影を見つける。
「あ!」
 ほぼ同時に、レニもそれを見つけたのか、スピーカーから小さくそう聞こえてきた。
 降魔のすぐ足元、震える仔猫の姿が見えた。
 降魔を突き刺そうと突進していたレニ機は、とっさに仔猫を避けようとしてバランスを崩す。
 狙いは大きく外れ、降魔の背後、建設中の蒸気ビルヂングに激突した。
 ガラガラとコンクリートが崩れ、瓦礫が積みあがる。
「レニ!」
 大神君の声がスピーカーを震わせる。
 仔猫は怯えてすくんでしまったのか、その場から動こうとせず、異形の魔物を見上げ震えている。
 そのつぶらな瞳にすら怨念を抱くのか、降魔は仔猫に爪を立てんと右腕を振り上げた。
「うおぉぉぉー!」
 と、大神君の怒号が響き、次の瞬間降魔の右腕はその肩を離れた。
 ピギャアァァァー。
 肩口から体液を噴き出して、降魔はその痛みに悶えた。
 それでも仔猫はその場で震え、動けずにいる。
 作戦指令室のモニターで見守る私にはその仔猫を助けることはできない。
 月組に救出を頼もうと通信用マイクを掴んだ時、降魔の足元に誰かが近づいてくるのがモニターに映った。
 見知らぬ、若い男性だ。
 彼は全速力で走り降魔の足元に近づく。
 それから一度も立ち止まることなく、さらうように仔猫を抱きかかえると、そのまま反対側にやはり全速力で走り去った。
「大神君、今よ!」
 言われずともわかっているだろうが、私は思わず声を上げる。
「せいっ!」
 気合の声と共に、二本の大太刀が交差した。
 十字に付いた傷が致命傷になり、降魔はよろよろとあとずさると、背後の蒸気ビルヂングにぶつかって崩折れた。
 ガラガラと、コンクリートが崩れ落ちた。
「加山君」
 通信用マイクで月組隊長に話しかける。
「すみません。見失いました」
 私が質問するよりも早く、答えが返ってきた。
 仔猫を救った彼は仔猫の飼い主だったのだろうか。それとも通りすがりの愛猫家か。
 少し気になったが、おかげで今回の戦闘による死傷者はゼロだった。
「レニ」
 大神君がレニに呼びかける。
「……隊長」
 モニターに映るレニの顔は少し気落ちしているように見える。
「怪我はないかい?」
 それに対して大神君は優しい表情だ。
「うん。大丈夫。……ごめん、隊長」
「気にすることはないよ。レニは仔猫を守ったんだ」
「あ。あの仔猫は?」
「無事だよ。誰だかわからないけど助けてくれた人がいたんだ」
「そう。……良かった」
 そこでやっとレニは表情を和らげた。
「終わったぜ、隊長」
 と、そこへカンナ機がやってくる。その後ろにはアイリス機も一緒だ。
「早く帰ってシャワー浴びるです」
 続いて織姫機に紅蘭機。
「お疲れ様でした」
 さくら機とマリア機も姿を見せた。
「みんな、お疲れ様」
 一人一人の顔を見て、大神君が言う。
「ほんならいつものやつ、やりまひょか」
 紅蘭がそう切り出すと、
「やろうやろう」
 みんな声を揃えた。
 私はそれをモニター越しに微笑ましく見つめる。
 最初は恥ずかしいけれど、慣れてしまえば意外と楽しいのだ。
 何度か一緒にやったことはあるけれど、端で見ているよりは参加したいイベントかもしれない。
 今日は大神君が掛け声をかけるようだ。
「じゃあいくぞ。勝利のポーズ!」
 私はモニター越しにそれを見ながら、
「決め!」
 一緒になって小さくポーズを決めた。



補注とか