12月10日 シャノワール厨房にて |
昼過ぎ。 腹が減って目が覚めると、そのまま厨房ヘ向かった。 厨房に誰かの気配を感じて、シェフ達が今夜の仕込みをしているのかと思ったが、違っていた。 ちっこいのが一人、ちょこまかと何か作っていた。 「あ〜あ」 あくびをしながら厨房に入ると、 「ロベリア今起きたの? もうすぐ15時だよ?」 ちっこいの、コクリコが声をかけてきた。 「週末なんでね」 寝起きはあまり喋りたくない。短くそう答えた。 サンテから出られる週末。ステージの後はいつも街に出かける。 せっかくの自由の身だ。遊ばないなんざバチが当たる。 「まったく」 アタシの言葉、というよりは態度に、コクリコは肩をすくめた。 そんなコクリコなど気にせず、アタシはコンロに火を入れると、フライパンを置いて油を引く。 フライパンを温めている間に、そこに入れるものを探した。 ごそごそやっている内に、上等なステーキ肉を見つける。 流石三ツ星レストラン並みのコックがいるシャノワールだ。材料も一級品を揃えてある。 アタシはにやりと笑うと、それをいい頃合に温まったフライパンへと放り込んだ。 ジューッといい音がする。 「あー、ロベリアそれ今日お店で使うお肉じゃないの? 勝手に食べたりしたら怒られるよ」 その音でコクリコがこちらを見た。 「けちけちすんなよ。たくさんあるんだからさ」 週末はたくさんの客が来る。その分食材もたくさん用意されている。 「だからって勝手に食べるのは悪いことだよ」 顔をしかめてそんなことを言った。 なんでこのアタシがこんなお子様に叱られなくちゃならないんだ。 「このシャノワールはアタシ達のおかげで儲けてるんだ。この肉だってその儲けた金で買ったんだろ? だったらこれはアタシにも食う権利があるじゃないか」 面倒に思ったが、そう説明してやった。 「めちゃくちゃだよ。みんなで稼いだお金じゃないか」 予想はしてたが、やっぱりこの理屈じゃしかめ面は直らなかった。 こいつだけのことじゃないが、よくまあこれだけ考え方の違うやつらが集まって、チームとして機能しているもんだ。 「そういうお前だってさっきから何か作ってるじゃないか」 「これは自分で買ってきた材料を使ってるんだよ。厨房だってちゃんと許可をもらって使ってるんだから」 しかめ面をふてくされた顔に変えて返事をした。 が、さっきから何をしているのか、かたわらに置いた本を見ながら、慣れない様子であまり作業は進んでいないように見えた。 そうこうする内に、上等の肉はいい色に焼き上がった。 「ふー、食った食った」 そのまま厨房でステーキを頂いた。 特製のソースも合わせて、我ながら上等の出来だ。 腹が満足すると、やっと他の事に目を向ける気になる。 「よお。お前さっきから何してるんだ?」 一人で遊んでいるコクリコに声をかけた。 「クッキーを焼こうと思うんだけど、なかなか上手くいかなくてさ」 そんな答えが返ってきた。 「クッキー?」 言われてみれば、クッキーを作るための材料が並んでいる。 ひょいと覗き込むと、確かに本のページにはクッキーの作り方と書かれていた。 「なんでクッキーなんて作ってるんだよ?」 「この前来たアイリスの手紙にね、クリスマスイブがレニの誕生日だって書いてあったの。だからボクもレニに誕生日のプレゼント送ってあげようと思って」 「レニの誕生日? クリスマスイブがか?」 「うん。ほんとならケーキを作りたいんだけど、ケーキは送れないからクッキーと思って」 そう言うとコクリコはへへへと笑う。 「ふーん」 確かにクッキーなら梱包をしっかりしておけば送れないこともない。航空便なら10日もあれば着くだろう。 「だからってなんでクッキーなんだ? わざわざ食べ物を送らなくてもいいじゃないか」 と、当然の疑問を口にした。 「へへ。あのね、トーキョーに行った時レニと約束したんだ。料理が上手くなるようにがんばろうねって」 コクリコは少し言いにくそうなそぶりで答えた。 「お前、料理とか得意じゃなかったか?」 それに、アタシは首をひねる。 「うん。ボク料理はそれなりにおいしく作る自信あるんだけど、クッキーとかケーキとか、お菓子はあんまり作ったことがなかったんだ」 それだけ言われて、アタシは思い当たった。 「ほらボク小さい頃からサーカスにいるでしょ。だからお菓子作りなんてする機会なかったんだ」 少しだけ表情が曇る。 「ちっ」 嫌な話を聞いちまった。 今の団長は優しいらしいが、前の団長が酷かったってことはアタシも噂に聞いている。 おそらく食事も粗末なもので、残り物のような材料で自分の分の食事を作ることもあったんだろう。自然に、限られた材料でウマイ物を作ることが上手になっていく。 反面、クッキーやケーキなんかの嗜好品の類は作るどころか口にすることもない。 アタシも一人で生きてきたからこいつと似たようなもんだけど、誰かに飼われていたことはないからね。好き勝手できた。 サツに追われるようにはなったけど、やりたくてもできないことがあったこいつよりはマシなのかもしれないね。 「でね、レニは料理、ボクはお菓子作りを上手になれるようにがんばろうって約束したんだ」 コクリコが話を戻す。 「それでレニの誕生日に、ボクがんばってるよってクッキーを送ることにしたの」 「ふーん」 そこまで聞いてアタシはやっとそれに気づく。 「て、ちょっと待てよ。レニって料理できないのか?」 「う、うん。レニは料理からきし」 コクリコがにははと笑った。 「よし。コクリコ。アタシが手伝ってやるよ」 それを聞いてアタシは言う。 「え! ロベリアが? どうしちゃったの? どういう風の吹き回し?」 アタシの言葉がよほど意外だったのか、オーバーなーリアクションを返される。 「いいからいいから。教えてやるからおいしく作れよ?」 「でも……」 自分一人でがんばったというところを見せたいのか、コクリコは少し渋る。 「アタシもレニの誕生日をお祝いしてやりたいからさ」 そのコクリコにそう付け加えた。 「うん。わかった。そういうことなら今回は二人からのプレゼントってことにしよう」 軽い軽い。このお子様はこういう言葉に弱いからね。 もちろん、アタシの言葉に嘘はない。誕生日ってのはちょっとした奇跡の始まりみたいなもんだからね。 アタシはこれでもレニとの出会いに感謝してる。 マリアといいレニといい、強いやつらとぎりぎりのところで勝負するのはわくわくするからね。 「いいかコクリコ。出来上がったクッキーにチョコレートでメッセージを書くんだ」 「ああ。それいいねぇ。すごいやロベリア、それ面白ーい」 アタシの提案にコクリコが素直に喜ぶ。 「うわー、なんて書こう。いっぱい作っていっぱい書こうね」 コクリコははしゃいでそう言うが、アタシは1枚で十分だ。 「ねぇねぇ、ロベリアはなんて書くの?」 わくわくした目でアタシを見上げてきた。 「レニに一番に見てもらいたいからお前には教えないし見せない」 アタシはにやりと笑う。 「む。それはそうだね。……でもなんかやな笑いだな」 少しいぶかしい顔をしたが、これで見られる心配はないだろう。 「さあ、始めるよ」 「はーい」 それでアタシ達はクッキー作りに取りかかった。 アタシはクッキーが出来上がったら、こうメッセージを入れるつもりだ。 『次は料理勝負だ』 ぎりぎりの勝負も確かに楽しいが、一度くらいはレニに勝っておきたいからね。 |