12月9日 すみれが使っていた部屋 |
「誰かいるのかい?」 俺は、すみれ君の部屋の中に人の気配を感じて、暗闇に向かって話しかけた。 「隊長。見回り?」 すると、そう声が返ってきて、俺はそれがレニだとわかる。 「レニ。どうしたんだい? こんなところで。もう遅い時間だぞ」 時計の針は今さっき12時を回ったところだ。 「うん。歯を磨いて部屋に戻るところだったんだけど、なんとなくフントどうしてるかなって思って、ここから覗かせてもらってたんだ」 「そうか。今日は紅蘭はいなかったかい?」 そう冗談を言って、俺も部屋に入りレニが立つ窓際へと足を進めた。 ドアを閉めると真っ暗で、窓から差し込む月明かりだけがわずかに部屋の中を照らしていた。 「うん。もう寝てるみたい」 その月明かりの中に、レニの笑顔が浮かび上がった。 「……少し、話をしようか」 特別話がある訳じゃなかった。 ただその笑顔を見たら、思いがけない二人の時間をすぐに終わらせてしまうのがとても惜しいと感じたのだ。 支配人としては、主演女優の睡眠不足を助長するようなことをしてはいけないのだけど。 「……うん」 だが、その主演女優は俺の提案にそう頷いた。 俺達は窓の下、その壁にもたれ、並んで座った。 暖房のないこの部屋は少し寒くて、自然に俺達は体温を感じられるほどに近づく。 「隊長。これ知ってる?」 と、レニがポケットから何かを取り出した。 「今日、さくらにあやとりを教えてもらったんだ」 ポケットから取り出したあやとりの紐を指にかけると、レニは『琴』を作った。 「ああ、小さい頃に双葉姉さんに良く付き合わされたよ」 俺はその頃を思い出して少し苦笑してしまった。 「お手玉なんかも一緒になってやったな。女の子の遊びだからちょっと恥ずかしかったけど、やってみると意外と面白いんだよね」 友達に知れるとからかわれそうで、あやとりやお手玉をする時は家でこっそりと遊んだものだ。 「そうなんだ。すごいよね、ただの紐なのに色んな形に変わるんだ」 言いながら、レニは四段ばしごを作ってみせる。 「上手いじゃないか」 俺はレニの手さばきに感心すると、 「知ってるかい? そこから少し変えると『エッフェル塔』になるんだ」 そう続けた。 「どうやるの?」 それにレニが首をかしげる。 「いいかい?」 俺はレニの手を取ると、四段ばしごを縦にする。それから上になった手の人差し指と親指をくっつけた。 「ほら、『エッフェル塔』のでき上がり」 「ホントだ。すごいね」 自分の手の中にできたエッフェル塔にレニがそう声を上げた。 「あはは。ちょっとしたことで全然別の形になるのだから面白いね」 「そうだね」 よほど感心したのか、レニはもう一度四段ばしごからエッフェル塔を作った。 「二人で取り合うあやとりは知っているかい?」 そのレニに言う。 「二人で?」 それにまたレニは首をかしげた。 「じゃあ、まず琴を作ってごらん」 「うん」 レニが琴を作ると、俺はそれを指にかけ違う形にしながら、レニの手から紐を外した。 「あ」 俺の手の中にできた違う形にレニが声を上げる。 「さあ、レニも同じようにして取ってごらん」 「うん」 言うと、レニはどうしようかと考えながら、俺の手の中にあるそれに自分の指を引っかけて、そっとそれを持ち上げた。 「できた」 あやとりの紐はまたレニの手の中で違う形になる。 「上手い上手い。じゃあ、今度は俺の番だな」 そう言って、俺はまたレニの指にかかる紐に手を伸ばした。 窓の下に座る俺達を直接月明かりは照らさないけれど、暗闇に慣れた目はあやとりをするのに不自由はなく、俺達はしばらくそうして手の中で色々な形を作って楽しんだ。 「それ」 上手い具合に続くそれに調子に乗った俺は、少し勢い良く紐を引いてしまう。 「あ!」 取り方を間違ってもいたのか、あやとりの紐はレニの手から外れず、俺の指にも絡みついた。 あやとりの紐はくちゃくちゃになって、二人の手をしっかりと捕まえてしまった。 「しまった。こんがらがっちゃったぞ」 「結んじゃったよ」 「どうなったらこうなるんだ」 自分でやっておきながらも、思わずそう言わずにはいられないくらいにしっかりと結ばれてしまった。 「ごめん。今ほどくから」 と、指先をもぞもぞと動かして、なんとか互いの右手だけは自由になった。 「少し楽になったね」 「たはは。すまないレニ」 「いいよ。気にしないで」 苦笑う俺に、レニが優しく微笑んでくれる。 自由になった右手で残りの紐をほどきながら、ふと、レニがこの部屋に来た理由が頭に浮かんで、 「そうだ。レニさえ良ければこの部屋に変わってもいいんだよ?」 そう言った。 「え?」 突然の言葉になんのことかとレニ。 「ほら。フントが鳴く声が聞こえてきても、この部屋ならすぐに中庭を覗けるだろ?」 「ああ。そうだね」 俺の説明に頷くと、レニが納得する。 「……でも、いいよ。今のままで」 静かに首を振った。 「そうかい?」 「うん。ありがとう隊長。それに……」 と、レニが微笑んだ後、何かを続けようとしたが、そこで口を閉じる。 「え? なんだい?」 俺は紐をほどく手を止めて、レニの顔を覗き込んだ。 「あ、うん、その……」 と、少し照れたようにレニは口篭ると、うつむき加減になって言葉を続けた。 「……今の部屋の方が隊長の部屋に近いから」 消え入りそうな声で、その言葉は俺の耳に届いた。 「レニ……」 俺は、赤い糸でがんじがらめになった手をそのままに、ぐっとレニを引き寄せる。 「俺は、いつだってレニの一番近いところにいるよ」 「……うん」 俺の腕の中で、レニが小さく頷いた。 俺達の手に絡みついた赤い糸が、俺達にしかできない形を作っていた。 |