12月8日

さくらの思惑



「さてと、どうしよっかな」
 あたしは買ってきた赤い毛糸玉を机の上に置くと、それを見つめながらそうつぶやいた。
 今日のお稽古は午前中で終わり。
 たまには息抜きも必要だって、午後からはお休みになった。
 そのお休みを利用して買ってきた毛糸玉。あたしはレニの誕生日プレゼントに手袋を編むことにしたのだ。
 でも、それにはレニの手のサイズがわからなくちゃいけない。
「寸法を測るのは無理としてもだいたいの大きさくらいは……」
 あたしは少し考えると、ふと、いいアイデアを思いつく。
「うふふ」
 その考えに思わず微笑すると、目の前の毛糸玉をほどく。
「なんだか懐かしいな」
 そう呟きながら、毛糸を結んで輪っかを作った。



「レニー」
 レニの姿をサロンに見つけると、あたしは駆け寄りながら声をかけた。
「どうしたの? さくら」
 あたしの姿を見つけ、レニがそう聞いてくる。
「ね、レニはあやとりって知ってる?」
 と、あたしは唐突に切り出す。
「聞いたことはある。日本の古い遊び……。でも、実際にやったことはない」
「流石レニ、良く知ってるわね」
「それが、どうかした?」
「あのね、今毛糸を買ってきたんだけど、見てたらなんだか子供の頃にやったあやとりを思い出しちゃって。ね、教えてあげるから良かったら一緒にやらない?」
 言って、あたしはさっき部屋で作ったあやとり用の紐を取り出した。
「うん」
 レニはそれを見ると楽しそうな表情を見せる。
 その笑顔にあたしも笑顔で返すと、レニの隣に座った。
「いい? 最初は基本の形ね」
 あたしは言うと、両手の親指と小指に紐をかけ、手の平にかかった紐をそれぞれ反対の手の中指に引っかける。
「はい。これが『琴』よ」
「ホントだ。琴に見えるね」
 あたしの手の動きを見ながら、レニも真似をして同じように琴を作る。
「じゃあ、今度はそこから『二段ばしご』を作るわね」
 と、あたしはレニに笑う。
 すると、レニはあたしの手をじっと見つめる。
「いい? まず親指にかかってる紐を取って、一番向こうの紐を親指に引っかける」
 あたしが説明すると、レニは自分の手元を見ながら、同じように指を動かした。
「そしたら中指の紐を取って、親指に」
 自分の紐とレニの紐を確認する。
「で、親指を、一番手前の紐の下をくるんてくぐらせるの。そうするとここに三角ができるでしょ?」
「うん」
「できたらその三角に中指を入れて、小指の紐を外して」
「こう?」
「そうそう。そしたら最後に手の平を前に向けるようにして……」
 と、あたしはレニの方にそれを向ける。
「はい。二段ばしごのでき上がりー」
「できた」
 レニも同じように手の平を返し、二段ばしごを完成させた。
「面白いね」
 それから楽しそうに笑う。
「あは。上手いわ、レニ」
 それにあたしも笑顔でこたえた。
「もう一度やってみる」
 と、レニはもう一度二段ばしごを作り始める。
 一度やっただけなのに、レニはすいすいと指を動かし、今度はあっという間にそれを完成させた。
 こういうところがレニのすごいところだと思う。
「すごいね。誰が考えたんだろう? ちょっと上りにくそうなはしごだけど」
 レニらしい感想だ。
「あはは。そうね、はしごっていう割には上りにくそうな形よね」
 それにあたしはまた笑うと、
「じゃあ、今度は四段ばしごね」
 と言って、もう一度琴を作る。
「了解」
 レニもあたしに続いて、手の中に琴を作った。



 それからひとしきり、あたし達はあやとりをして遊んだ。
 レニははしごやほうきなどの簡単なものはすぐに覚えてしまった。
 一人で連続して色々な形を作っていく『ひとりあやとり』もあたしの手の動きを見ながら、何度かやっているうちにすいすいとできるようになった。
 その時、あたしはそっと教える振りをしてレニの手に触れ、なんとなくだけど、目尺でレニの手の大きさを測った。
 最後にレニはあたしの顔を見て、
「ありがとう、さくら。とても楽しかったよ」
 満面の笑みを見せた。
 あたしはその笑顔に、チクリと胸が痛んだ。



「ふう」
 部屋に戻ると、あたしはため息を一つ。
「あたしってやな子……」
 机の上に置かれた毛糸。それを見つめて、あたしはぽつりと言った。
 つい先日、あたしは見てしまった。
 大神さんとレニが米田さんのところに出かけた時だ。
 あたしは、夕方から雨が降るかもしれないと聞いて、傘を持たずに出かけた二人を追いかけた。
 玄関から少し走ったところで、すぐに二人の姿は見つかった。
 だけど、ふと、仲良く歩く二人に声をかけそびれてしまう。
「レニ、寒くないかい?」
「少し。でも、これくらいなら平気」
「ずいぶん寒くなってきたし、これから外に出る時は暖かくしないとだめだぞ」
「うん。わかった。気をつけるね」
「主演女優に風邪なんか引かせたら支配人失格だな。よし、今日のところは……」
「あっ、隊長!」
「これで手だけは暖かくなっただろう?」
「……うん。……あったかい」
 そうして手をつないで歩く二人を、あたしは一人見送った。
 あたしはまたやきもちを焼いた。
 もう吹っ切ったはずだったのに、仲の良い二人を見ていたら胸の中がもやもやして……。
 それでレニの誕生日プレゼントを手袋に決めた。より暖かく見えるようにと、毛糸は赤い色を選んだ。
 そんなことをしても二人が手を繋がなくなるなんてことないって、本当はわかっていたけど……。
「ふふ。やっぱり手袋はやめね」
 あたしはちょっと笑う。
「そうだわ。フントのぬいぐるみなんてどうかな? 毛糸で編んだぬいぐるみ」
 言って、机の上の毛糸が赤い色をしていることに気づく。
「今度、白い毛糸買ってこなくちゃ」
 それから、赤い毛糸をごみ箱に入れた。



補注とか