12月7日 ジャン・レオ自室にて |
「おっと、いけねぇ」 ドサドサドサッ。 俺は光武F2の資料をまとめたファイルと取り出そうとして、うっかり他のファイルを床に落としちまった。 今まで俺が関わった霊子甲冑の資料をまとめたファイルも、いつの間にかこの本棚には収まりきらないほどに増えていたようだ。 「ちょっと無理して詰め込みすぎたか」 取り出そうとしたファイルにくっついて落ちたファイルを、本棚に戻しながら俺は呟いた。 ふと、何気なくその中の1冊に目を落とす。 『アイゼンクライトIII型(通称クロイツ)関連資料』 その表紙には、俺の書きなぐった文字がそうあった。 「クロイツか……」 何となく、懐かしくなって俺はその資料を開く。 「ノイギーア社製の霊子甲冑。アイゼンクライトの実用3番機」 ぶつぶつと呟きながら、我が子のアルバムをめくるように俺はそれを眺めた。 「パイロット。ラチェット・アルタイル、九条昴、ソレッタ・織姫、レニ・ミルヒシュトラーセ……」 あのちびどもには手を焼かされたぜ。 「ふふっ」 だが、今となってはいい思い出かも知れねぇな。 「そういやぁ……」 と、俺はあることを思い出した。 「レニの誕生日が確かもうすぐだったな」 クリスマスイブがレニの誕生日のはずだ。 俺は霊子甲冑のことだけじゃなく、パイロットに関するデータもそのほとんどを記憶している。 霊子甲冑ってのは他の乗り物とは訳が違う。 一つの機体に一人のパイロット。そのパイロットの体型や霊力、個性に合わせた機体調整が必要になってくる。 長く同じ機体を扱っていれば、そのパイロットのことも自然と覚えちまうって寸法だ。 ファイルにあるレニのデータを確認すると、やはりそこにも12月24日生まれと書いてあった。 オリジナルの資料はすべてコンフィデンシャルだが、ここにある俺が個人でまとめた資料だって負けないくらいのデータは揃っている。 「レニか……」 クロイツの開発時、テストパイロットとしての役割を最も忠実かつ的確にこなしていたのはレニだった。 「まるで、機械が機械に乗っているみてぇだった」 『9000回転を越えた辺りからエンジンが少しかぶり気味。蒸気の噴出量だと思う』 『右膝のサスペンションが左膝より気持ち柔らかい。アライメントもおかしい』 『手首の回転数が不安定。ランスでの攻撃時に効率が悪くなる恐れあり』 俺の整備士人生で、あれほど的確に機体の状態を言葉にして聞かせてくれたのは、後にも先にもレニ以外はいねぇ。 だが、二度と聞きたくもないがな。 なんていうか、確かにこれ以上ないくらいに的確に状態を言葉にしてくれていたが、その言葉には血が通ってなかった。 ただ、本当にクロイツの代わりに話してる感じがして、聞いていて少しぞっとしたもんだ。 あれはパイロットの言葉じゃなかった。戦闘機械の言葉だったぜ。 もっとも、織姫嬢ちゃんの訳のわからない説明にも困ったがね。 『とにかく乗り心地が最悪って感じ〜』 だが、二人とも変わりやがった。 去年の秋。怪人達との戦いに手を貸してくれた二人はよ。 特に、レニの、いや、レニ嬢ちゃんの変わりようには俺も驚いたぜ。 あのレニ嬢ちゃんがあんな顔で笑うとはよ。 怪人に捕まったのだって、少しでも隊長さんの役に立ちたいって気持ちからだっていうじゃないか。 ふふ。つまりは隊長さんが変えたってことなのかね。 今のレニ嬢ちゃんの機体なら、もう一度整備してやりたいぜ。 カタン。 そこまで考えて、俺はクロイツのファイルを本棚に戻した。 「そうだ」 と、急に俺はあることを思いついた。 本棚の上、その壁に手を伸ばす。 そこには、俺が整備してきたたくさんの機体のエンブレムや製造番号の入ったプレートなんかが、所狭しと飾られている。 その中から俺はパラレレのエンブレムを手に取った。 それは、アイゼンクライトII型(通称パラレレ)レニ機のエンブレムだ。 開発がクロイツに移行した時点でパラレレは破棄。秘密漏洩を防ぐために機体は解体され、クロイツに流用する部品を除き、パラレレはすっかりバラバラにされて始末された。 秘密漏洩を防ぐため、賢人機関の意向らしいが、お偉いさんてのは冷たいもんだ。 機械だからって用済みとなったらとっとと捨てちまう。 もっとも、乗っている星組の嬢ちゃん達も誰一人反対はしなかったがな。 だが、今のレニ嬢ちゃんなら、こいつを大切にしてくれるに違ぇねぇ。 俺が、せめてパラレレが生きた証にとこっそり持ち帰ったこのエンブレムをよ。 「そうと決まれば早速こいつを送ってやるか。航空便なら今からでも誕生日には間にあうだろう。こいつは俺からレニ嬢ちゃんへの誕生日プレゼントだ」 レニ嬢ちゃんがこれを見て何を感じるのか俺にはわからねぇ。 だが、今のレニ嬢ちゃんなら喜んでくれる気がするぜ。 それに、パラレレもよ、俺なんかよりはレニ嬢ちゃんの側の方が幸せだと思うからよ。 |