12月6日 事務室にて |
公演前の事務室はとても忙しい。 前売り券問い合わせの電話や、パンフレットなど関連商品の発注。 新聞や雑誌などの取材スケジュールの調整。舞台セットや衣装の発注に搬送。 とにかく上げたらきりがないほどに仕事が詰まっている。 これだけの仕事を風組のかすみ君、由里君、椿君、三人でこなしていたのかと思うと、本当に頭が下がる思いだ。もちろん、かえでさんや大神も手伝ってはいたが。 しかし、この忙しさは何とかならないものか。 「ふう。いつまで経っても終わらないわね」 俺の気持ちを代弁するように、かえでさんがため息混じりにつぶやく。 「そうですね。花組の人気を身に染みて感じますよ」 俺は目の前に積まれた伝票の山の間から、かえでさんに目を向けた。 「悪いわね。加山君にまで手伝ってもらっちゃって」 その俺にかえでさんは申し訳なさそうな顔を見せる。 「いえ、気にしないでください。事務の女の子達も忙しいみたいですし」 この春で配置替えになったかすみ君達の代わりに新しく配属された風組の女の子達も、だいぶ慣れたとはいえこの忙しさには手が回っていないようだ。 去年までは事務を手伝っていた大神も今では支配人の仕事がある。加えてクリスマス公演では演出をするのだ。事務仕事などしている暇はない。 そのおかげでこの俺まで事務仕事に駆りだされているという訳だ。 ちなみに今事務室の女の子達は遅めの昼食に出かけている。 「まだレニの誕生日プレゼントも何にするか決めてないのよねぇ。今年は何にしようかしら……」 かえでさんは動かしていた手を止めて、ふうと頬杖をついた。 「かえでさんはレニさんとの付き合いが長いですから、そろそろ誕生日プレゼントもネタ切れというところですか?」 「まあそんなところね……」 かえでさんはつぶやくと、頬杖をついたまま遠くを見るような目をする。 「……あの子、最初のプレゼントはもらってくれなかったのよ」 昔を思い出したのだろう。懐かしむような微笑みを見せた。 「何を、贈ったんです?」 俺は素直に疑問を口にする。 「ペンダントよ。ほら、やっぱり女の子でしょ? あの頃はまだ9歳だったけど、女の子って年齢に関係なくアクセサリーって嬉しいものなのよ」 「でも、受け取ってくれなかった……」 「そうなの。私が浅はかだったわ。こういう言い方はなんだけど、レニは普通の女の子とは違ってた。頭ではわかってたんだけど、なんていうの? 女の子でいてほしかったっていうか……」 「普通の女の子に戻ってほしかった?」 「まあ、そんなとこね」 かえでさんの表情に懐かしさ以外のものが浮かぶ。 「結局ペンダントなどの装飾品は邪魔になるからってもらってくれなかった。だから、次からは実用性のある物を贈るようにしたわ」 「例えばどんなものです?」 「本が多かったかしら。図鑑とか辞典とか。それも、覚えてしまったらそれまでだったけど……」 かえでさんの言う『覚えてしまったら』というのは、本当の意味でレニさんは本の内容を丸ごと記憶してしまったということだろう。 「なるほど。でも、服や靴の類なら実用性もあるし良かったんじゃないですか?」 「そうね。でも、飾りのあるようなものはやっぱりだめ。動きやすいシンプルな作りのものでないと受け取ってくれなかったの」 「へえ」 毎年プレゼントを選ぶかえでさんには複雑な想いがあったのだと思うと、俺はそれ以上言葉がなかった。 「ところで、加山君はプレゼント何にするの?」 急にいつのも表情に戻り、かえでさんがそんなことを聞いてきた。 「え? いや、別に何も考えていませんが……」 不意の質問に、戸惑いながら答える。 「あら、そうなの? 去年は花束贈ってたでしょ? 今年も何か贈るのかと思ってたわ」 かえでさんがきょとんとした顔をした。 「あ。やだなぁ、かえでさん。去年のあれは俺からのプレゼントじゃありませんよ。大神からです」 かえでさんの勘違いに、俺は思わず笑みをこぼす。 「え。あら、そうだったの? あたしはてっきり」 きょとんとした顔のままかえでさん。 「親友のいい人に誕生日とはいえ贈り物なんてしませんよ。後から大神に睨まれてしまう」 笑顔のままに説明する。 「あれはですね、かえでさん。大神の手作りなんです」 「え? 造花ってこと?」 「ええ。この季節に薔薇は咲きませんからね」 「そういえばそうね……。って、すごく良くできた造花じゃない」 「あいつ、レニさんの誕生日までに帝都に戻れないっていうんで、ずっと船の中で作ってたらしいですよ。おかげで船旅の半分は退屈せずにすんだって笑ってましたけど」 それを聞いた時のことを思い出し、俺はまた笑った。 「でも、50本近くあったんじゃない? 全部作ったの? あんな丁寧に」 「ええ。仏蘭西を出てから毎日船室に閉じこもりきりだったらしいです。それを途中で寄航した印度から航空便で俺宛に送ってよこしましてね。誕生日当日に渡してくれって」 「……なんていうか、大神君よねぇ」 呆れ顔のかえでさん。 「まったくです」 俺もそう言うと肩をすくめ、次の瞬間かえでさんと顔を見合わせて笑った。 「ふうん。手作りの花束ねぇ」 一拍置いてかえでさんが言う。 「かえでさんも作りますか?」 その言葉にたずねる。 「そうね。それもいいわよね」 と、笑顔でかえでさん。 「でも、花束はやめておくわ。大神君と同じじゃつまらないし」 「じゃあ、何を作るんです?」 「ペンダント」 「ああ」 楽しそうに言うかえでさんに、俺も釣られて笑顔になる。 「ふふ。楽しいわよね。プレゼントを考えてる時って」 本当に楽しそうに。 昔のレニさんの誕生日プレゼントを考えている時も、けして楽しくなかった訳ではないだろう。 だが、今は昔よりも。 「さ。そうと決まったら早く終わらせて材料買いに行くわよ。よろしくね加山君」 途端、明るい顔と声でかえでさんが言う。 「はい」 俺も同じように明るくそう答えた。 それでしばしのおしゃべりタイムは終わり、再び俺は伝票整理に取りかかる。 だけど、今度はさっきよりも張り切って仕事ができそうだ。 |