12月2日 紅蘭の想い |
「わんわん! わんわん!」 「あ、こら。大きい声出さんといて。みんな起きてきてしまうやないの」 鳴き出したフントの声に、うちは慌てて声を上げた。 今誰かに、特にレニに見つかるのはまずいんや。 「あれ、でも」 と、うちはそのことに気がつく。 「フント、今『わんわん』って鳴きよったけど、うちそのまま『わんわん』って聞こえたわ」 フントの首にかけたそれを見ながら、うちはそうつぶやいた。 「たはー。失敗っちゅーこっちゃなぁ」 うちはその場でガクリとうなだれた。 「わんわん!」 そのうちのことなどお構いなしに、フントがまた大きな声を上げる。 「あっ! こら、頼むから静かにしてんか」 うちはそう言ったけど、それはすでに遅かったらしい。 「何してるの?」 うちの背後でそう声が聞こえた。 「何をしているんだい?」 恐る恐る振り向いたうちに続いてそんな声がかかる。 「あはは。皆さんおそろいで〜。おこんばんは〜」 うちの後ろに花組のみんなが勢揃いしていた。 「こんばんはじゃないわよ。もうとっくに12時を回っているのよ?」 マリアはんが目を吊り上げる。 「フントに何してたですかー?」 と、織姫はん。 「あー、紅蘭フントを実験台にしようとしてたんでしょー?」 「そうなの!? 紅蘭?」 アイリスの言葉にさくらはんが驚く。 「あ、いや、そんなことあらへんよ。たまにはうちもフントと遊ぼかなー、なんて思ってん」 「何言ってるんだい、こんな時間に。それにそのフントの首にぶら下がってるのはなんなんだよ」 カンナはんの鋭い突っ込み。フントの首にそれがかかったままやった。 「紅蘭。何してたの?」 最初にうちに声をかけたレニが、もう一度同じ質問をした。 「あー、これはなレニ。その、なんちゅーか……」 レニの少し落ち込んだような表情に、うちは思わずどもってしまう。 「紅蘭。ちゃんと説明するんだ」 と、ここで大神はん。大神はんにそう言われたら、もう正直に話すしかあらへん。 「すんまへん。実は新しい発明の実験をしてましてん」 「やっぱりフントを実験台にしてたんだー」 アイリスが途端にそう声を上げる。 「あー、いや、でも、何も危険なことはあらへんよ。ちょっとフントの鳴き声をな」 「鳴き声?」 うちがフントの嫌がることをしてたと思ってるんやろか。レニは相変わらずほんの少し悲しそうな目でうちを見てる。 いつの間にか、フントの側に来て、フントをそっと撫でてやっとる。ほんまにフントが好きなんやね。 それを見とったら、なんやうちすごく悪いことをしたような気分になってきた。 「翻訳機を作ってん。犬の言葉を人間の言葉に翻訳する機械なんやけど」 「犬の言葉を?」 「翻訳?」 うちの説明にみんな一様に驚く。 「そや。そしたらフントが何考えてるかわかって便利やろ?」 「それで、それは成功したのかい?」 大神はんは少し興味が湧いたようや。 「いや、それが失敗みたいやねん。上手く人間の言葉に変換されへんかった。ほんまならこのマイクで拾った鳴き声を、こっちのスピーカーから人間の言葉に変換して流すんやけど……」 と、仕組みを説明する。 「なんでい」 「やっぱり失敗ですかー」 カンナはんと織姫はんのきっついお言葉。 「さあ。もういいでしょ。みんな部屋に戻りなさい。紅蘭もいいわね」 マリアはんの鶴の一声。それでみんな部屋に戻り始めた。 「レニ、すまんかったね。でも、別に無理矢理実験してた訳やないんよ」 フントの側にいるレニにうちはそう声をかけた。 「……うん。最初はびっくりしたけど、紅蘭は無理矢理フントの嫌がることをしたりしないってわかってるから」 レニは立ち上がると、うちに微笑んでくれた。 「ありがとう、レニ。それからびっくりさせてすまんかったね」 うちはレニにそう言ってから、フントの側にしゃがむと、 「フントもすまんかったね」 そっとフントの体を撫でてやった。 「さ、部屋に戻ろう。明日もクリスマス公演の稽古だぞ」 最後に大神はんがそう言って、うちらは部屋に戻る。 翻訳機が完成したら、レニへの誕生日プレゼントにするつもりやったことはばれずにすんでほっとしたけど、肝心の翻訳機が失敗やったら意味ないねん。 クリスマス公演の稽古の合間。うちは格納庫に来とった。 これから稽古でますます忙しゅうなるし、今の内にばっちり整備しといてやろう思ってん。 「よしよし。調子良いみたいやね」 うちは一機ずつ話しかけながら、手を動かす。 「カンナはんの光武は関節をしっかり見てやらんとね」 それぞれの個性に合わせて、整備にもポイントがある。 激しい動きをするカンナはんの機体は特に関節部分に負荷がかかる。 「マリアはんのは銃身の劣化に注意しんと」 銃という火器と冷却系必殺攻撃の温度差で銃身の劣化はかなり早いんや。 刀を使うさくらはんと大神はんの機体は指先の調整がとっても微妙やねん。 「紅蘭」 と、夢中になって整備しとったから、声をかけられるまで誰かが近づいてきとることにちっとも気がつかんかった。 「レニ。レニも整備に来てくれたんか?」 レニの姿を見つけると、うちはそう声をかけた。 花組の中でうち以外に光武の整備をするのはレニくらいのものや。 もちろん、他の人らも手伝ってくれることはあるけど、ちゃんとした整備ができる知識と技術を持っとるのはレニだけやね。 「うん。これから忙しくなるしと思って」 そう言ってレニは微笑んだ。 昨日のことは(日付的には今日になっとったけど)もう気にしてないようでうちは安心した。 「せやね。うちもそう思って今日は念入りにしとったとこや。レニが来てくれて助かるわ」 「そう? でも、ボクが整備できるのは自分の機体だけだから」 「それでも大助かりや。この子らも喜んでる思うで」 「あはは。そうかな」 「そうやで」 そこでうちらは笑いあった。 「……紅蘭は」 と、レニが一拍置いてから口を開く。 「光武の気持ちがわかるみたいだね」 そんなことを言った。 「あはは。せやね。わかるっちゅーたら言い過ぎかしらんけど、なんとなーくこの子らにも心があるような気ぃするわ」 レニの思いがけない言葉に、うちは素直にそう言っていた。 他の人らやったら笑われとったかもしれへんけど、レニなら、今のレニならわかってくれるような気がしたんや。 「うん。なんとなくだけど、紅蘭の言うことはわかるような気がする」 案の定、レニはそう言ってくれた。 「昔は機械なんてただの道具だと思っていたけど、今思うと、昔乗っていた機体や他の機械ももっと大切にしてあげれば良かったと思う」 その言葉に、うちはなんや救われたような気がした。 「ありがとう」 思わずそう言っていた。 「どうしたの? 紅蘭」 と、レニがそれに首をかしげる。 「ははは。気にせんといて。けど、レニのその気持ちは、ちゃんとこの子らに伝わってると思うで」 そう言うとうちは光武達を見上げた。 ぱんっぱん。 うちは位牌の前に燃焼炭を一つポンと置くと、手を合わせた。 うちの部屋。箪笥の上にぽつんと置かれた位牌。 それがうちの部屋に置かれたのは、光武の開発中のことやった。 あの日見た欧州星組の映像。次々と倒されていく人型蒸気。 あの時の気持ちは今でも忘れられへん。 そして、うちらが戦った脇侍ら魔操機兵。 みんな好きでそんな形に生まれてきた訳やない。だけど、理由はさまざまやけど破壊されていった機械達。 そんな機械達のせめてもの供養にと、うちは毎日手を合わせることを欠かしたことはない。こんな小さな位牌では大した供養にはならんかもしれへんけど。 一緒に発明に失敗して壊してしまった機械の供養もさせてもろとるけどね。 最初は織姫はんやレニはんが花組に配属されるて聞いた時は正直不安やった。 けど、欧州大戦の頃とは状況も違うし、心配するようなことはあらへんかった。 最初は少しひっかかっとったあの映像のことも、いつか頭の隅の方へしまわれてしまったわ。 それに今日、レニの言ってくれた言葉がうちには嬉しかった。 人は変われるんやね。 「わんわん!」 と、窓の外からフントの鳴き声が聞こえてきた。 ふと、うちが窓から中庭を覗くと、フントとレニの姿が見える。 フントがはしゃぎながらレニにじゃれついて、レニも楽しそうに笑っとる。 時々レニがフントに話しかけると、フントがそれに答えるように鳴いた。 「あ、そうか」 うちはそれを見てはっとそれに気づいた。 レニには翻訳機なんかいらへんかったんや。 言葉なんか通じんでも、きっとレニにはフントの気持ちがわかるんや。 『光武の気持ちがわかるみたいだね』 レニの言葉を思い出す。 「せやね。そういうことやね」 うちは一人つぶやいた。 『昔乗っていた機体や他の機械ももっと大切にしてあげれば良かったと思う』 それから、レニの言ったその言葉も頭に浮かぶ。 「昔乗っていた機体……」 あの映像に映っていた機体。 アイゼンクライトI型。 「せや。アイゼンクライトは作ってやれへんけど、模型やったら簡単にできそうやで」 翻訳機に代わるレニへのプレゼントを思いつく。 ぬいぐるみなんかの可愛いんは作ったことないけど、工作やったら得意やねん。 「あは」 楽しくなって思わず笑顔になる。 「ただの模型やったら面白うないから……」 うちはあれこれと考えを巡らせながら、わくわくした気持ちで設計に取りかかった。 |