12月1日 アドヴェントカレンダー |
太正十六年十二月一日。 今年も残すところあと一ヶ月。 窓の外に見える街はすっかり冬の装い。 街を行く人は皆コートに身を包み、寒さから逃れるように足早に歩く。 それでいて街路樹や店先を飾るイルミネーションを見つめけると、足を止めてそれを眺めていた。 ここ大帝国劇場の玄関ホールも、黒子達によって様々に彩られとても賑やかになった。 劇場が飾り付けられると、いよいよクリスマス公演が近いと実感する。 今年のクリスマス公演も『奇跡の鐘』。 だけど、今年はレビュウショウではなく、一昨年と同じように劇をすることになった。 隊長。『奇跡の鐘』専属の演出家の帰国がそれを可能にした。 そしてボクは、今年も聖母に選ばれた。 前売り券もすでに先月から発売が開始されていて、売れ行きは好調。 お世話になった人には招待券を送るんだって隊長が言ってた。 米田さんには直接持っていくみたい。その時にはボクも一緒について来てって言われた。 すみれは忙しいし、家が遠いから郵送にしたみたいだけど。 そのすみれの出番は今年の台本にはない。 天使が一人減ってしまった分、台本も変更されている。 衣装も一昨年のものを使うのではなく、新しく新調されることになった。 セットも新たなデザインで作り直す。 ボク達も新たな気持ちで、再演ではない、新しい『奇跡の鐘』を作っていくんだ。 「ねぇねぇ、かえでお姉ちゃん。プレゼント開けていい?」 台本を受け取った楽屋。かたわらに置かれているそれにアイリスがわくわくした表情で言った。 「えぇ、いいわよ」 それにかえでさんが優しく答えた。 この時期になると、花組にはファンからたくさんの贈り物が届く。 今日はまだ一日だから少ないけど、クリスマスが近づくにつれてそれは増えていくんだ。 「わたしも開けるでーす」 織姫も嬉しそうに、自分に届いたプレゼントを手に取った。 「あなた達、ちゃんと台本に目を通したの?」 マリアがその二人を見て口を開いた。 「まぁいいじゃねぇか。誰だってプレゼント貰ったら中身が気になるだろ?」 「そうですよね。マリアさんも開けてみたらどうです?」 カンナとさくらがそう言って、言いながら自分のプレゼントを開け始める。 「……それもそうね」 ふっとマリアが笑顔になった。 「せやせや。うちも見てみよー」 紅蘭も元気に言う。 ボクも自分宛のプレゼントに目をやると、その中の一つに手を伸ばした。 色紙よりも少し大きいサイズに、少しの厚みをもった箱。 ボクもやっぱり少しわくわくした気持ちになって、リボンをほどいた。 そしてその中身に、ボクは目を見張った。 箱の中にはアドヴェントカレンダーが入っていた。 いつもファンの人から貰うプレゼントの中には、独逸人のボクには珍しい日本独特の物もあって楽しい。 逆に、日本では珍しい欧州でしか目にしない物が届いた時も違う楽しさを感じる。 特にこんな、日本人にはまるで馴染みがないはずの、アドヴェントカレンダーが届くとそれもひとしおだ。 『奇跡の鐘』になぞらえたんだろう、聖母とそれを祝福する天使達が描かれた絵。 その絵に1から24までのナンバリングされた小窓がついている。 今日から24日まで、1日一つずつその窓を開け、クリスマスイブまでのカウントダウンをする。 手書きの数字や少しずれた小窓が手作りだと連想させる。 箱にはカレンダーと一緒に、メッセージカード。 『素晴らしい誕生日を迎えられますように』 それだけ書かれていた。 このアドヴェントはクリスマスイブじゃなくて、ボクの誕生日までのカウントダウンみたいだ。 でも、そのカードに差出人の名前はない。 一瞬嫌な考えが浮かんだけど、すぐに思い直した。 昔マリア宛にファンからの贈り物を装った爆発物が届いたことがきっかけで、花組への贈り物には科学的にも霊的にも厳しいチェックが入るようになったと聞いている。 それにこのアドヴェントカレンダーからはじんわりと温かい感じが伝わってくる。 それは、ファンからの贈り物にいつも感じている感覚。 今日は十二月一日。だから、早速一日の窓を開けることにする。 小窓を開けると、中から綺麗な包み紙に包まれた小さなキャンディーが出てきた。 そしてそれを取り出した後には、輝く星のイラストが覗ける。 ボクはなんだか楽しくなって、自然と笑顔になる。 「遅くなってごめん。みんな、始めようか」 そこへ、楽屋のドアが開いて隊長が姿を現した。 支配人になって忙しくしている隊長。『奇跡の鐘』の演出家。 「はい!」 ボク達は揃って返事をする。 キャンディーは稽古の後にいただくことにしよう。 ボクはそれをポケットにしまうと、代わりに台本を握りしめた。 いよいよ『奇跡の鐘』の稽古が始まる。 クリスマス公演へのカウントダウンが始まった。 |