散歩
春麗らかなある晴れた昼下がり。 ボクと隊長はフントを連れて散歩に出かけていた。 きっかけは、隊長がいつも中庭ばかりじゃフントが可哀相だって言ったから。でも、ボクにとってはちょっとしたデートみたいで少しウキウキしていた。 「たまにはこういうのも良いもんだね」 隊長がボクの方を見てそう言った。 「え、隊長も?隊長もそう思ってたんだ」 ボクは思わず隊長の言葉に同意する。 「え、あ、レニもかい?・・・良い天気だから、たまにはブラブラと散歩するのも良いもんだよね」 言うと隊長は、ボクにニッコリと微笑みかけた。 「あ。・・・・・うん」 ボクは少しだけガッカリした。隊長がボクと同じ様に、このデートの様な状況を喜んでるんじゃなかったから。 でも、少し前までのボクならこんなことで喜んだり、ガッカリしたりしなかっただろう。そんな感情を教えてくれたのは隊長なんだ。ボクはその事が最近とても嬉しい。 「わんわんわん」 帝劇の外に出られてよほど嬉しかったのか、フントがはしゃぎながらボクの前を走っている。 「あんまり離れちゃダメだよ」 ボクがそう声をかけると、フントがチラッとこちらを振り向き「わん」と1度だけ鳴いた。 「ははは。フント嬉しそうだね」 隊長がそれを見てそう言った。 「うん」 ボクもそれに頷く。 銀座の街もこうして見ると、いつもと違って見えた。 隊長と歩く街、隊長と守った街、隊長と暮らす街。ここにボクは息づき、ここにボク達は育んでいる。 「レニさん」 急にそう声をかけられて、ボクの思考は中断された。 「あ、先生・・・」 ボクに声をかけたその人は、以前フントが体を壊した時に御世話になった獣医さんだった。 先生はとても良くしてくれて、フントはあっという間に元気になった。 「こんにちは」 ボクよりも先に隊長が声をかけた。 フントが病気になった時、隊長は慌ててお医者様へ連れて行こうとしたとボクを落ちつけ、一緒について来てくれたんだ。だから、隊長も先生の事は知っている。 「フントの散歩ですか?」 先生がボク達にそう聞いた。 「ええ、たまには外に連れ出してやらないと」 隊長は笑顔で言う。 「そうですね。そろそろフントも年頃だ。たまには連れ出して可愛いコを見つけてあげないと」 先生は言ってから、はははと笑った。 隊長もそれにつられて笑い、ボクは隊長の笑顔を見て微笑んだ。 「じゃあこれで。レニさん、次の舞台楽しみにしてますよ」 ボクにそう言い、軽く会釈をすると先生はその場から立ち去った。 「あ、はい・・・」 ボクはそれだけ言うと同じ様に会釈を返した。 「こんな所で会うなんて驚いたね」 隊長が先生の後姿を見送りながらボクに声をかける。 「う、うん・・・」 ボクは頷きながら、先生に対してうまく対応できなかった事を気にしていた。 隊長や花組のみんな、帝劇の人達とはもうすっかり打ち解けていた。 でも、やっぱり普段あまり会わない人や初対面の人とは、まだどう接して良いか分からなくなる時がある。 昔のボクならそんな事大して気にもしなかっただろう。話しかけられても興味のない話なら軽く頷く程度。わずらわしい相手なら無視すれば良い。人付き合いなんて、大して大事な事だなんて思ったりしなかった。 でも、今は隊長やみんなのおかげで、人との出会いや付き合いにはとても大切な意味があるって気づいたんだ。 だけど、まだ慣れない人にはどう接して良いか分からない時がある。と言うよりは、むしろ接し方が分からないと言った方が良いのかもしれない。 怖い訳じゃない、他人との接触はむしろ楽しい。自分にない知識を得られたり、楽しみを知ることが出来、ひいては世界が広がる事になる。 隊長やみんなと出会って、ボクは大きく変わったと自分でも思う。だから、これからも色々な人と知り合いたいと思うし、自分を知って欲しいと思う。 これは、最近ボクの中に生まれた新しい感情。欲望と言っても良いのかもしれない。 「レニにもたくさん友達が増えると良いね」 不意に隊長がそう言った。 「友達・・・」 ボクは噛締める様にその言葉を言う。 「レニもまだ16なんだし、普通なら学校に行っていっぱい友達に囲まれて楽しい時期だと思うよ」 「隊長。ボクは自分の境遇を不幸だと思ったことは1度もないよ。歌劇団の一員としても華撃団の一員としても、星組時代、それ以前だって・・・。その時があったから、今ボクは今の自分でいられるんだから・・・」 ボクは急に饒舌になって、そんな事を話していた。 「レニ・・・」 隊長は言うとジッとボクを見つめ、不意にボクの肩に手を置いた。 「そうだね」 そしてそれだけ言って笑った。 今のボクにはそれで充分だった。隊長との出会いが全てとは言わないけど、隊長との出会いがなければ今のボクもこれからのボクもないのだから。 気がつくとフントがボク達の随分前をひとりで歩いていた。 隊長と顔を見合わせて、追いかける様に少し小走りに走り出したけど、ボク達がフントに追いつく前にフントに話しかける人影があった。 「いぬさんお1人ですか?」 そんな事を言いながらフントの前にしゃがみ込んで、彼女は首を傾げていた。 「フント」 そこへボク達が追いつくと、彼女はボク達に顔を上げた。 「おねえちゃんたちだーれ?」 とても可愛い女の子だった。 「フントの友達だよ」 ボクは咄嗟にそう答えていた。 「ふーん」 小さな女の子はそう言うと、後は黙ってフントの頭を撫でた。 「お嬢ちゃん、どうしたの?」 隊長がその女の子に聞く。 「ゆきちゃん迷子なの」 隊長に声をかけられ、顔を上げると女の子は言った。 自分で迷子と言う子も珍しい。ボクはそう思った。 帝劇でも迷子は良く見かける。大体は泣いているか、俯いて黙り込んでいる事が多い。 カンナはそんな子供達を笑わせるのがとても上手で、子供達の親が見つかるまでしっかり面倒を見てあげている。 ボクもカンナの様に子供達と接してみたいと思うが、やっぱり慣れないから少し引っ込み思案になってしまう。 「ゆきちゃんはどこから来たんだい?」 隊長が優しく聞くと、ゆきと名乗った女の子は「あっち」と振り向いて自分の後ろを指差した。 「お母さんは?」 また隊長が聞く。 「後ろにいたのにいつの間にかいなくなっちゃった」 女の子・・・ゆきちゃんはそう言うと、またフントの方を向きフントの頭を撫でた。 「く〜ん」 フントが気持ち良さそうに喉を鳴らした。 「レニ」 隊長がボクの顔を見る。 「うん」 ボクはそれに、そう言って頷いた。 ボクと隊長とフントは、ゆきちゃんのお母さんを探し始めた。 隊長とゆきちゃんが手を繋ぎ、ゆきちゃんとボクが手を繋ぐ。その横をフントがとことことついてくる。 「何だか俺達の子供みたいだね」 急に隊長がそんなことを言うから、ボクはまた照れてしまう。 「おねえちゃん、お顔が真っ赤だよ。お熱があるの?」 ゆきちゃんがボクの顔を見てそう言ったから、余計にボクは照れてしまった。 「お母さん早く見つかると良いね」 ボクはやっとの思いでそれだけ言う。 「うん!」 ゆきちゃんは元気良く頷いた。 その時、ボクは何故かとても嬉しい気持ちになった。 自分の言葉に他人がこんなにも素直に応えてくれた。それだけの事が何故か嬉しかった。 花組のみんなや帝劇のみんなと交わす時とは違った新鮮な喜び。人と触れ合う事の楽しさ、そんな普通の人なら当たり前に思い慣れてしまっている感覚。ボクにはまだそれが新鮮でとても楽しい。 それからボクはゆきちゃんに何度も話しかけた。ゆきちゃんもそれにちゃんと応えてくれ、隊長は何が楽しいのかずっと微笑んでいた。 「ありがとうございます。ありがとうございます」 ゆきちゃんのお母さんが何度もボク達に頭を下げる。 「ゆきちゃんまた遊ぼうね」 そう言ってボク達はゆきちゃんと別れた。 「可愛かったね」 隊長が言う。 「うん」 ボクがそれに頷いた。 「わんわんわん」 フントはいつまでも遠ざかっていくゆきちゃんに鳴いていたが、やがて諦めた様に「く〜ん」と喉を鳴らした。 「フントもゆきちゃんが気に入ったみたいだね」 隊長が言ってボク達は笑った。 「そろそろ帰ろうか?」 隊長が言う。 気がつけば太陽はもう西の空に沈みかけていた。 「うん」 ボクはまたそう頷くと、自然に隊長の手を握っていた。 「レニ?」 隊長が少し驚いた様にボクの横顔を見たけど、ボクは黙っていた。 そのうち隊長も前を見て、ボク達は手を繋いだまま帝劇に向かって歩き出した。 「なんだかデートみたいな散歩だったね」 「え・・・」 隊長がそう言うから、何だかボクは嬉しくなってしまった。 「ホントは初めから少しウキウキしてたんだ。レニと出かけられるって・・・」 隊長が少し照れながらそう続けた。 「隊長・・・」 ボクもまた照れながらそう言っていた。 ボクは隊長がいればたぶん今よりもっと強くなれる気がする。 隊長がいればたぶん今よりもっと優しくなれる気がする。 隊長がいればたぶん今よりもっと豊かになれる気がする。 隊長がいればたぶん今よりもっと素直になれる気がする。 隊長がいれば・・・。 「隊長・・・ずっと側にいてくれる?」 自然にボクはそう言っていた。 「レニはずっと俺の側にいてくれるかい?」 すると隊長は、逆にボクにそう聞いた。 「ずるいよ隊長・・・・・」 ボクはその問いには答えずそう言う。 「ははは、ごめんよ。・・・もちろんずっと一緒さ。俺達はね」 言うと隊長はボクの手をギュッとした。 「うん」 ボクはまた嬉しくて、微笑んでそうこたえる。 「わん」 ボク達の会話を聞いていたフントが一声鳴いた。 それでまた隊長とボクは笑い合い、帝都の夕日はボク達の影を銀座の街に映し出していた。 |
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