日向の匂い
レニが三人娘にパーティの開始時間を伝え、楽屋に戻る途中、ふと中庭に目をやると、かえでがベンチに座っているのが見えた。
かえでを中庭で見かけることはあまりなかったので、レニは珍しいなと思った。
そして、今日のパーティの主役であるかえでにも、まだ開始時間を伝えていなかったことに気づき、レニは中庭に出ていった。
レニが中庭に出ると秋らしい優しい日差しがその身を照らし、落ち着いた気分にさせる。
ベンチに近寄りかえでに声をかけようとして、かえでの顔を覗き込むと、かえではすやすやと静かな寝息を立てていた。
寝てるんだ、と思いながら、レニはその気持ちよさそうなかえでの寝顔を見ると、どこかそんなかえでが可愛らしく感じられ、思わずクスッと微笑を見せる。
起こしてしまうのも可哀想だし、まだパーティの開始時間には間があると、レニはかえでの隣に座ってかえでが起きるのを待つことにした。
かえでの隣に座るとレニは、日向の匂いがする、そう感じた。
かえでから感じるその感覚に、レニはどこか懐かしいものを感じていた。
藤枝かえで。
ヴァックストゥームからレニを救い出したその人が、レニの目の前に初めて姿を現した時、レニには『それ』が何なのか分からなかった。
自分や研究所員と同じ形をしている。だが、その目に宿るもの、その顔に見せる表情。それは、本当に自分と同じ人間の持つものなのだろろうか?人間がこんな表情をするのだろうか?
頭では『それ』が人間だとは、レニも理解していた。だが、初めて見る『人間らしい人間』にレニはある種のカルチャーショックを受けた。
物心つく前から被験者としてしかその存在を認められていなかったレニに、周りの人間達(研究者達)は愛情を注ぐはずもなく、ただ、道具として扱われてきた。
それでも、『それ』が人間というものだとレニは感じていたし、そして自分も人間なのだとレニは思っていた。
だが、目の前に現れた『それ』に、自分や研究者達とは明らかに違うものを感じた。
研究施設という閉ざされた空間で生きることを強いられてきたレニにとって、外からやってきた『それ』は、初めて見る太陽のように眩しかった。
やがて、レニは『それ』こそ人間だと気がついた。
藤枝かえでは、日向の匂いがした。
レニはかえでのその匂いが心地よくて、寝息を立てるかえでの肩にもたれかかり、そっと目を閉じてみる。
視覚をなくすと、余計にその匂いがはっきり感じられ、レニは知らずに笑顔になっていた。
気持ち良い。レニはその匂いが大好きだった。
かえでさん。ボクを連れ出してくれた人。
日向を見せてくれた人。
かえでさんがいなかったら、ボクもいなかった。
だから、かえでさんが生まれた今日にボクは感謝する。
かえでさん、誕生日おめでとう。そしてありがとう……。
「……、…ニ、レニ」
名を呼ばれレニは目を覚ました。
「ん、あ……。たいちょ……」
少し寝ぼけたように、レニが自分を起こした人物の名を呼んだ。
「こんなところで寝てると風邪引くよ。それにもうパーティが始まる時間だ」
そう言って優しく微笑む大神の顔を見て、レニはやっとはっきりと目を覚ます。
「あ、そうか。ボクうたた寝してたんだね」
そう言ってから、レニは隣にいたはずのかえでの姿がなくなっていることに気がついた。
「かえでさんは?」
「今日はドレスを着るんだって、慌てて部屋に戻って行ったよ」
レニが聞くと大神は笑いながらそう答えた。
「俺達も行こう」
そう言って大神はレニに手を差し出す。
「うん」
その手を取って立ち上がると、レニはそのまま大神の懐に飛び込んだ。
「うわあ!」
いきなり胸に飛び込んできたレニに、大神が驚いて声を上げると、レニはすぐに体を離す。
「隊長も日向の匂いがする」
そして満面の笑顔でレニはそう言った。
「え?」
大神がどういう意味か分からずにそう聞くと、
「こっちのこと」
言ってまた、レニはまるでいたずらっ子のように笑う。
それは、まるで太陽のように明るい笑顔だった。