はねつき



 今年のお正月も花組はそれぞれ故郷へ帰ったり、お世話になった人へ挨拶に出かけたりと、帝劇の中には大神とレニだけが残っていた。
 その大神とレニは連れ立って明冶神宮へ初詣に出かけた。
 今年は敵が現れることもないだろうと笑いあったが、大神の引いたおみくじはやっぱり凶だった。
 出店でレニが興味深そうにしていたので、大神が羽子板を買った。
 レニは羽根突きという遊びを知識では知っていたが、実際に遊んだことはないと言う。
 そんな訳で、帝劇に戻ってからは、羽根突きをして遊ぶことにした。

 2人が羽子板を持って中庭に姿を現すと、フントが勢い良く駆けて来た。
「わんわんわん」
 元気良く2人の足元にじゃれつきながら声を上げている。
「フント。あんまりじゃれると墨がかかるよ」
 レニがそのフントを見下ろして声をかける。
「くぅ〜ん」
 すると素直にフントはその場で大人しくなり、今度は首を傾げるようなポーズをした。
 墨って何?とでも聞いているようだった。
「レニ、本当に負けたら顔に墨を塗るのかい?」
 大神もレニが手に持っている墨汁と、それを顔に塗る為の筆を見て、わずかに引きつった笑いを見せた。
「負けたら墨を塗るんだって教えてくれたのは隊長じゃない。ルールをちゃんと守ってこそ遊びは楽しめるものだよ」
 と、真面目な顔でレニ。
「そ、そうだね」
 その返事に大神は、苦笑いを返すしかなかった。

 大神にしても負けると決まった訳ではないのだが、レニの反射神経と動態視力の良さは隊長たるもの良く分かっている。
 ましてやレニは勝負事となると、手を抜くタイプではない。
 遊びとはいえ真剣に相手をしないと、あっという間に顔中が墨だらけになるだろうと大神は考えていた。
 勿論、大神とて華撃団の隊長である。黙ってやられているつもりはないのだが・・・。

「隊長、もう墨を塗るところがないよ」
 大神の顔に墨のついた筆を向けて、レニが困ったような顔を見せた。
 大神の不安的中。悲しいかな、大神はまだ1勝も出来ずに、その顔面はすでに容赦なく敗者の証である墨汁で埋めつくされていた。
「ま、まだ耳があるだろう?」
 大神もここまでやられると半ばやけになっていた。
 そして、意地でもレニから1勝を上げる。それまでやめるつもりはなかった。
「隊長。ボク少し疲れてきた・・・」
 どれだけの間羽根突き対決が続いたのだろうか。流石のレニも疲労感を感じて大神にそう訴える。
「よし。じゃあ、次で最後にしよう」
 少し向きになっている真っ黒な顔の男が、やむを得ないという風にそれに頷いた。
「了解」
 レニは、隊長も案外子供っぽいところがある、などと思いつつ、それを微笑ましくも思い、微笑するといつもの返事を返した。
 そして、最後の対決が始まった。

「やったー!」
 中庭に大神の声が響いた。
 渾身の力を込めた大神の羽根を受けきれず、ついにレニがそれを地に落としたのだ。
「やるね、隊長。今のは今までで1番すごいスマッシュだったよ」
 レニが負けたことより、大神の勝利を喜んで笑顔を見せる。
「はい」
 そして、その笑顔のままに大神に墨のついた筆を手渡した。
「よーし」
 念願の勝利に、やっとレニの顔に墨が塗れると喜んでそれを受け取る。
「いいよ」
 そう言ってレニが大神に顔を向けた。
「うっ」
 そこで大神は小さく声を上げると、レニの顔に向けた筆をそのままに動きを止める。
「どうしたの?」
 なかなか墨を塗らない大神に、レニが不思議そうに聞く。
「う、あ、いや」
 大神はその美しく透き通るようなレニの白い肌に、真っ黒な墨を塗る事に抵抗を感じていたのだ。
“レニのこんな綺麗な顔に、墨なんてつけられないよ”
 大神は心の中で呟く。
「ボクは負けたんだから遠慮することはないよ」
 大神が遠慮しているのを察してか、レニが言う。もっとも、大神がどうして躊躇しているかまでは、レニは分かっていないだろう。
「あ、ああ」
 そのレニの言葉に、大神は仕方なく、筆先でほんのちょっぴりだけ墨の黒を落とした。
「これだけ?」
 レニが少し驚いた風に口を開く。
「あ、ああ」
 またさっきと同じように大神が言うと、苦笑いを見せた。
「変な隊長」
 それにレニがそう言うと、大神の顔をまじまじと見つめる。
「あはは。あははは」
 そして、その真っ黒な顔を見ると堪らずに笑いが込み上げて来て、レニは大きな声を上げて笑った。
「あ、そんなに笑わなくたって」
 それに大神がそう言ってから、自分もおかしくなって一緒に声を上げて笑う。
 フントはそんな2人を見て、自分も楽しくなったのか、わんわんと嬉しそうに声を上げ、2人と1匹の楽しげな声は元日の帝劇に心地良く響いていた。



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