リーゼとヒルツは小さな村に住んでいて、家はお隣同士でした。
 リーゼはヒルツを兄のように慕い、いつも後をついてまわり、何をするにも一緒でした。

 ある日。ヒルツは仕事の都合で街に引っ越さなければならなくなりました。
 リーゼは悲しくて、寂しくて、泣きじゃくりました。
 一緒に行くと泣きました。
 ヒルツが毎日手紙を出すからと言って慰めると、リーゼは何度も「約束だよ」と呟いて、それからやっと泣きやみました。

 ヒルツが街に引っ越してしばらくしたある日。
 リーゼの家の前に、郵便局の赤いゾイドが停まりました。
 その赤いゾイドから、黒い制服を着た配達係が姿を見せました。
 配達係の胸の名札には、レイヴンと書かれておりました。
「郵便です」
 レイヴンはリーゼの家のドアをノックすると、そう声をかけました。
 すると、勢い良くドアが開き、リーゼが顔を出しました。
 そして、引っ手繰るようにレイヴンから手紙を受け取ると、「ヒルツからだ!」そう言って、すぐにまたドアを閉め、家の中に姿を消しました。
 リーゼはレイヴンの顔など1度も見ませんでしたが、レイヴンは嬉しそうなリーゼの顔が忘れられませんでした。

 ヒルツの手紙には街のことが書かれていました。
 新しい家のこと。新しい仕事のこと。新しい友達のこと。
 街は楽しいと書いてありました。
 街でのヒルツを想像し、ワクワクしながらリーゼは手紙を読みました。
 そして、読み終わると返事を書きました。

 次の日も、レイヴンはリーゼの家のドアをノックしました。
 リーゼは昨日と同じように、勢い良く飛び出してきて、レイヴンから手紙を受け取りました。
 代わりに、ヒルツへの返事をレイヴンに渡すと、初めてレイヴンをチラリと見ました。
 けれど、大して気にとめる様子もなく、すぐにまた家の中に戻ってしまいました。
 レイヴンは、黙ってそれを見送りました。

 今日もヒルツの手紙には街のことが書かれていました。
 街のことばかり書かれていました。
 村のことや、リーゼのことを気にする素振りは、その手紙からは見られませんでした。
 ヒルツは街が楽しくて仕方がないようでした。

 次の日も、その次の日も、レイヴンはヒルツの手紙をリーゼに届け、リーゼは返事をレイヴンに渡しました。
 ヒルツの手紙には、相変わらず街のことばかり書かれていました。

 ヒルツの手紙は毎日毎日届けられましたが、1ヶ月ほど経ったある日。その日は手紙が届きませんでした。
 リーゼの家にレイヴンはやってきませんでした。
 その次の日も手紙は届きませんでした。
 リーゼはレイヴンが風邪でも引いたのだろうと思いました。
 ヒルツが手紙を出していないのだとは思いもしませんでした。
 今度手紙が届く時は、何日分も1度に届くので返事を書くのが大変だとリーゼは思いました。
 そして、また次の日。レイヴンが姿を見せました。
 ですが、手紙は1日分だけでした。
 レイヴンは風邪など引いていませんでした。ヒルツが手紙を書いていなかったのです。
 その頃から、手紙は3日に1回になりました。
 リーゼは毎日、「手紙来ないかな?」と言って窓から外を眺めていました。
 リーゼは寂しさから、少しずつ元気がなくなっていきました。

 レイヴンは3日ごとにリーゼの家を訪ね、その度にリーゼの元気がなくなっていくのを見て、ついに話しかけました。
「シュバルツさんの家の庭に、綺麗なユリの花が咲きました」
 ですが、リーゼはレイヴンの話になど全く興味を持たず、手紙を受け取るとすぐにドアを閉めてしまいました。

 3日後。レイヴンはまた手紙を渡しながら、リーゼに話しかけました。
「フライハイトさんの家の裏の畑に、立派なジャガイモが育ちました」
 その日もリーゼは興味がなさそうに、すぐにドアを閉めてしまいました。
 そんなことが3ヶ月ほど続きました。

 ヒルツの手紙は相変わらず街のことばかりでした。
 最初は自分の知らない街のことや、その街でのヒルツの生活のことが知れて、リーゼはワクワクしていましたが、いつしか自分や村のことを全く気にしていないヒルツの手紙を読むのが、少し辛くなってきました。
 リーゼは手紙を読むと、余計に寂しくなるようになりました。
 それでも毎日、手紙を待ち続けました。
 ですが、3ヶ月が過ぎると、手紙は3日に1回から、1週間に1回になりました。

 手紙が1週間に1回になってしばらくした日。
 レイヴンはいつものように、リーゼに手紙を渡しながら話しかけました。
「ロッソさんとヴィオーラさんがご結婚なさるそうです」
 すると、リーゼがレイヴンにこう言いました。
「そう。妹のローザも喜んでるだろうね」
 リーゼは初めてレイヴンの話に耳を傾けました。
 ですが、それだけ言うと、すぐに家の中に戻ってしまいました。

 その1週間後もレイヴンはリーゼに話しかけました。
「ハーディンさんが美容院で髪をお切りになったそうです」
「知ってる。出来上がってみたら前髪が不揃いでカンカンになって怒ったんだろう? スティンガーは髪を切るのが下手だってこと皆知ってるのにさ」
 リーゼはレイヴンにそう答えると、少し笑いました。
 2人はしばらく玄関先で立ち話をしました。
 話の最後に、初めてリーゼはレイヴンの胸の名札を見て、彼の名を知りました。
「じゃあね、レイヴン」
 別れ際、リーゼはレイヴンにそう言いました。

 それからというもの、1週間に1度、リーゼとレイヴンは玄関先で立ち話をするようになりました。
 シュバルツ家の庭の話やフライハイト家の畑の話、時にはプロイツェン卿の悪巧みについても囁きあいました。
 そうして、玄関先で笑いあいました。
 リーゼはレイヴンと話をしていると、少しずつ元気が出て来ました。

 ヒルツの手紙には街のことしか書いてありません。
 リーゼはもう、それを読む気にはなれませんでした。
 読めば辛くなるだけでした。
 けれど、毎日毎日手紙が来るのは待ち続けました。
 リーゼは毎日、「レイヴン来ないかな?」と言って窓から外を眺めていました。
 ですが、ついに手紙は届かなくなりました。

 もう、何日も手紙は届きません。
 レイヴンの姿も見ていません。
 リーゼは悲しくて、寂しくて、泣きじゃくりました。

 手紙が届かなくなって1ヶ月後のある日。リーゼの家の前に、郵便局の赤いゾイドが停まりました。
 そして、赤いゾイドからレイヴンが姿を見せました。
「レイヴン!」
 リーゼはドアを開けると、レイヴンに抱きつきました。
「郵便です」
 レイヴンはそのリーゼに、そう言って手紙を渡しました。
 その手紙はレイヴンからでした。
 それは、リーゼへのラブレターでした。
 リーゼはその日から、2度と寂しい思いをしなくなりました。



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